房木と呼ばれた男は、一瞬自分が呼ばれたのかどうかがわからないようなそぶりで、ゆっくりと流を見上げた。流は小さく会釈をして、
「こんにちは」
と言った。房木と呼ばれた男は無表情に、
「……どーも」
と、返事をし、再び雑誌に目を落とした。流はしばらくそのまま房木と呼んだ男を見ていたが、
「数」
と、キッチンに向かって呼びかけた。
「なに?」
数はキッチンから顔だけ出して返事をした。
「高竹さんに、電話してくれ……」
一瞬、数はキョトンとしていたが、
「捜してたから」
と言って流は房木に目を向けた。数はその意味を理解し、すぐさま、
「あ、うん」
と応えると、平井におかわりのコーヒーを出してから、電話をかけるために奥の部屋へと姿を消した。
流はテーブルでつっぷす二美子を横目にぐるりとカウンターを回って中に入り、食器棚からグラスを取り出すとカウンター下の冷蔵庫から紙パックのオレンジジュースを取り出し、無造作にグラスに注ぎ、一気に飲みほした。
流はグラスを洗うためにキッチンに姿を消したが、その直後、コツコツとカウンターを爪で叩く音がした。
「今回は入院するほどではないらしいっす……」
「……?」
流が顔を出すと、平井がチョイチョイと小さく手招きをした。流はぬれた手のまま、のっそり出てきた。平井は少し身を乗り出して、
「どうだった?」
と、ささやいた。流はキッチンペーパーを探しながら、
「ん?」
と、応えた。質問の答えなのか、キッチンペーパーが見当たらない事への不満の声なのかはわからない返事である。平井はさらに声をひそめて、
「検査……」
と、言った。流はその質問には答えず、ほんの少し鼻の頭をかいた。
「悪かったの?」
平井は真顔になり心配そうに言った。流は特に表情も変えず、
「今回は入院するほどではないらしいっす……」
と、独り言のようにつぶやいた。平井は静かにため息をつき、「そっか」と言って、計が去った奥の部屋に目を向けた。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら