交際3年目の彼と別れた28歳彼女が戻りたい過去 小説「コーヒーが冷めないうちに」第1話全公開(2)

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房木と呼ばれた男は、一瞬自分が呼ばれたのかどうかがわからないようなそぶりで、ゆっくりと流を見上げた。流は小さく会釈をして、

「こんにちは」

と言った。房木と呼ばれた男は無表情に、

「……どーも」

と、返事をし、再び雑誌に目を落とした。流はしばらくそのまま房木と呼んだ男を見ていたが、

「数」

と、キッチンに向かって呼びかけた。

「なに?」

数はキッチンから顔だけ出して返事をした。

「高竹さんに、電話してくれ……」

一瞬、数はキョトンとしていたが、

「捜してたから」

と言って流は房木に目を向けた。数はその意味を理解し、すぐさま、

「あ、うん」

と応えると、平井におかわりのコーヒーを出してから、電話をかけるために奥の部屋へと姿を消した。

流はテーブルでつっぷす二美子を横目にぐるりとカウンターを回って中に入り、食器棚からグラスを取り出すとカウンター下の冷蔵庫から紙パックのオレンジジュースを取り出し、無造作にグラスに注ぎ、一気に飲みほした。

流はグラスを洗うためにキッチンに姿を消したが、その直後、コツコツとカウンターを爪で叩く音がした。

「今回は入院するほどではないらしいっす……」

「……?」

流が顔を出すと、平井がチョイチョイと小さく手招きをした。流はぬれた手のまま、のっそり出てきた。平井は少し身を乗り出して、

「どうだった?」

と、ささやいた。流はキッチンペーパーを探しながら、

「ん?」

と、応えた。質問の答えなのか、キッチンペーパーが見当たらない事への不満の声なのかはわからない返事である。平井はさらに声をひそめて、

「検査……」

と、言った。流はその質問には答えず、ほんの少し鼻の頭をかいた。

「悪かったの?」

平井は真顔になり心配そうに言った。流は特に表情も変えず、

「今回は入院するほどではないらしいっす……」

と、独り言のようにつぶやいた。平井は静かにため息をつき、「そっか」と言って、計が去った奥の部屋に目を向けた。

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