計は生まれつき心臓が弱く、入退院をくり返していた。しかし、生来人なつこく、くったくのない性格の計は、どんなに体調が悪くとも笑顔を絶やしたことがない。平井は、そんな計の性格をよく知っていたので、あらためて流に確認したのである。
流はやっと見つけたキッチンペーパーで手を拭きながら、
「平井さんとこは大丈夫なんすか?」
と、話題を変えた。何が大丈夫なのか平井はとっさにわからなかったのだろう、目を丸くして、
「なにが?」
と、聞き返した。
「妹さん、何度か来てますよね?」
「……ああ、うん」
平井は意味なく店内を見回しながら曖昧に返事をした。
「ご実家は旅館でしたっけ?」
「まーね」
流は詳しくは知らなかったが、平井が家出をした結果、妹が旅館を継いだという話だけは聞いていた。
「今さら帰れないわよ」
「妹さん、一人じゃ大変なんじゃ……」
「大丈夫、大丈夫、うちの妹しっかりしてるから」
「でも……」
「今さら帰れないわよ」
吐き捨てるように言うと、ヒョウ柄のポーチから辞書ほどもある大きな財布を取り出し、ジャラジャラと小銭を探りはじめた。
「どうしてですか?」
「帰ったって、なにもできないし?」
平井はおどけ顔で小首を傾げながら答えた。流は「でも」と何か言いかけたが、平井は、
「ごちそうさま!」
と、流の言葉をさえぎり、コーヒー代をカウンターの上に残して逃げるように出て行ってしまった。
カランコロン。
(12月31日配信の次回に続く)
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