1週間前、彼氏と別れた彼女が過去に戻りたい心境 小説「コーヒーが冷めないうちに」第1話全公開(3)

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女性 後ろ姿
過去を変えられないとわかっても過去に戻りたい彼女の本音は?(写真:mits/PIXTA)
世界35カ国で翻訳、シリーズ320万部を突破している小説『コーヒーが冷めないうちに』。世界中で話題の本を、東洋経済オンライン限定の試し読みとして計3話、16日に分けて配信。第1話『恋人』の3回目をお届けします。
(1):交際3年目の彼氏と突如の別れ、取り戻したい時間(12月29日配信)
(2):交際3年目の彼と別れた28歳彼女が戻りたい過去(12月30日配信)

「戻らせて、一週間前に!」

流は、平井が残した小銭を集めながら、テーブル席でつっぷす二美子をチラリと見た。だが、見ただけである。つっぷす女が何者であるか興味もないのだろう、集めた小銭を大きな手の上でジャラジャラともてあそんだ。

「兄貴……」

数が顔を出して流に声をかけた。数は流の事を「兄貴」と呼んではいるが、兄妹ではなく従兄妹である。

「ん?」

「お義姉さんが呼んでる」

流は店内を見渡すと「わかった」と答え、今、集めた小銭を数の手のひらに無造作に握らせた。

「高竹さん、すぐ来るって」

数の報告に流は無言でうなずき、

「店、頼むわ」

と、言って奥の部屋に消えていった。

「はーい」

返事はしたが、店内には小説を読む女と、テーブルにつっぷす二美子、房木と呼ばれた雑誌を広げて何やらメモを取る男しかいない。

数は手渡されたお金をレジにしまうと、平井の残したカップを片づけた。

店内に三つある古い柱時計の一つがボーンボーンと五回、低い音で鳴った。

「コーヒー……」

房木はコーヒーカップをあげて、カウンターの中の数に声をかけた。さっき頼んだはずのおかわりがまだだったのだ。

「あ……」

数はあわててキッチンに駆け込み、コーヒーの入った透明なガラス製のカラフェを持って出てきた。

「それでもいい」

しばらくテーブルにつっぷしていた二美子がつぶやいた。

数は房木にコーヒーのおかわりを注ぎながら二美子の姿を目の端で捉えた。

「それでもいいわ」

二美子がガバっと上体を起こし、

「変わらなくたっていい、このままでもいい」

と言うと、すっと立ち上がり、数の目と鼻の先までズカズカつめよった。

数はコーヒーカップを房木の前に静かに置きながら「あ、えっと」と眉をひそめながら一、二歩退いた。

二美子はさらに距離を詰めて、

「だから、戻らせて、一週間前に!」

何かが吹っ切れたように二美子の言葉には迷いがなかった。ただ単に、過去に戻るというチャンスに興奮しているだけなのかもしれない。鼻息が荒い。

「あ、でも」

数は二美子の剣幕に困惑しながら、ぐるりと二美子の脇をすり抜け、逃げるようにカウンターの中に戻り、

「もう一つ大事なルールが……」

と、言った。

二美子はその言葉を聞いて、眉をハの字にしながら「まだあるの!」と叫んだ。

この喫茶店を訪れた事のない人には会う事ができない。現実は変わらない。過去に戻れる席が決まっていて、そこからは動けない。で、制限時間がある。二美子は指折り数えてうんざりした。

「これが一番の問題かも……」

これらのルールだけでもうんざりしているのに、さらに「一番の問題」が出現し、二美子の心は折れそうになった。

しかし、二美子はぎゅっと唇を噛みしめて、

「こうなったらなんでもいいわ……言って……」

と、数に覚悟のほどをアピールするために腕組みをして、うんうんとうなずいてみせた。
数は「わかりました」という意味で小さなため息をつくと、持っていた透明なカラフェを片づけにキッチンに姿を消した。

一人残された二美子は、心を落ち着かせるために深呼吸をした。

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