またしても、二美子は頭をフル回転させなければならなくなった。
(幽霊? ヒュードロドロの幽霊? 夏になると柳の木の下に現れる、あの幽霊? この娘、涼しい顔でサラリと言ったけど、聞き間違えたのかしら? ユウレイ、コウレイ、高齢? この人、高齢だから立てない? 言葉の意味としては納得できるけど、いや、どう見てもこのワンピースを着た女性は二十代そこそこにしか見えない。高齢であるはずがない)
二美子の頭は混乱しながらもフル回転し、フル回転した割に出てきたセリフはこれまた普通の問いかけであった。
「幽霊?」
「はい」
「冗談でしょ?」
「ホントですよ」
二美子は呆然とする。霊感があるとか、ないとかいうレベルではない。二美子の目の前に座るワンピースを着た女は存在感がありすぎる。二美子は、
「だってこんなにハッキリ……」
「見えるんです」
数が用意された答えのように即答する。数の即答に戸惑いながら、
「でも……」
二美子は思わずワンピースの女の肩に手をのばした。数は二美子ののばした手がワンピースの女に届く前に、
「さわれますよ」
と、言った。これまた用意されたような答えを聞いて、二美子はさわれるという事実を確かめるように女の肩に手を置いた。間違いなく、ワンピースの女の肩とその柔肌を覆う布の感触を感じる。これが幽霊だとは信じがたい。ゆっくりと手を離し、再びワンピースの女の肩に手を置いて「こんなにはっきりさわれるのに、この人が幽霊なんておかしいでしょ?」と言いたげな顔で数をかえりみた。だが、数は涼しい顔で、
「幽霊です」
と答えた。
「……本当に幽霊?」
二美子はまじまじとワンピースの女の顔を失礼なほど覗き込んだ。
「はい」
数の返事に迷いはない。
「信じられない」
噓なら噓で暴かなければ腹の虫がおさまらない
二美子は目の前の女が幽霊であるという事がどうしても納得できなかった。はっきり見えるがさわる事ができないというのなら納得もできる。だが、そうではない。さわれる上に足もある。読んでいる本だって見た事のないタイトルではあったが、どこにでも売ってそうな普通の本である。そこで、二美子は一つの仮説を立てた。
本当は過去には戻れない。
戻れないのにこの喫茶店は過去に戻れる事を売りにしているのではないか。おそらく数多くのめんどくさいルールは、過去に戻りたいと訪れる客をあきらめさせるための第一関門なのだ。その第一関門を抜けて、それでも過去に戻りたいと言い出した客への、これは第二関門に違いない。幽霊と言って怖がらせてあきらめさせる。ワンピースを着た女の反応は、幽霊らしく見せるための演出なのだ。そう考えた二美子は意地になった。
噓なら噓で、その噓を暴かなければ腹の虫がおさまらない。
二美子はワンピースの女にていねいな言葉で嘆願した。
「すみません、この席、少しの間だけ、ゆずっていただけませんか?」
だが、ワンピースの女は二美子の言葉など耳には届いていないかのようにピクリとも反応せず、本を読みふけっている。
二美子はそれでも無視されたので、ムッとしてワンピースの女の二の腕を掴んだ。
「あ、駄目ですよ!」
と、数は大きな声で注意したが、
「ちょっと! 無視してないで!」
と、二美子はワンピースの女を強引に席から離れさせようと引っ張った。
その時、
「!」
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