「お父さんとお母さんは別れることにしたの」
桐山少年がクリスマスケーキの最初の一口を食べた時、健二が切り出した。
「ユウキ」
「何?」
クリスマスと言えばプレゼントだが、桐山少年にはそんな期待は微塵ももっていなかった。ただ、家族で一緒にディズニーランドに行き、おいしい食事とケーキを食べたこの一日が、最高のプレゼントだと思っていた。
イッツ・ア・スモールワールドの最後のゲートですら、普通の小学生が欲しがるゲームやオモチャを願ったりしなかった。
桐山少年は今、この瞬間が一番幸せな時間だと思っていたのだ。
ボーン
店内の大きな柱時計が十九時半を知らせる鐘を一つ鳴らし、葵が桐山少年の小さな頭に手を伸ばした。
「よく聞いてね、ユウキ。お父さんとお母さんは別れることにしたの」
「え?」
「今日が、三人で一緒に過ごす最後の夜になる」
突然の葵と健二の告白に桐山少年の頭は真っ白になった。
最後のクリスマス。
桐山少年が覚えているのは、自分が泣いたことで健二を困らせ、葵を泣かせてしまったこと。そして、キッチンの奥から聞こえてくるミキの歌う「ジングルベル」のフルコーラス。どうやって自宅に連れて帰ってもらったのかも記憶にない。
ただ、朝起きて枕元に置かれた二つのプレゼントの箱を見て、声を殺して泣いたことはいつまでも忘れられなかった。
★
「あのね」
桐山少年の話を聞いて目を真っ赤にしながら、二美子が語りかける。
「その、なんて言ったらいいのかな。君の気持ちはすっごいわかる。わかるんだけどね。過去に戻っても、その、実はルールがあって、その、ね?」
二美子は一緒に話を聞いていた時田数に助けを求めた。桐山少年が、二人の離婚を止めるために過去に戻ろうとしているのだと考えたからだ。
二美子は、この喫茶店には少年の純粋な願いを打ち砕く残酷なルールがあることを知っている。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら