「西垣さんと一緒にいるお母さんは、毎日笑顔だった。お父さんもそう。楓ちゃんとご飯を食べると、おいしい、おいしいって喜んでた。だから、僕、気づいちゃったんだ。ディズニーランドでの僕のお願いが叶ったんだって。だから、僕はあの日をやり直したいの。お父さんとお母さんは幸せになるんだから、泣くんじゃなくて、笑ってあげようって」
「そ、そんな、でも……」
二美子は納得できないと顔を歪めたが、その先は言葉にできなかった。桐山少年が決めたことを否定する権利は二美子にはない。
「だから、お願いします。僕をあの日に、去年のクリスマス、泣いてしまったあの日に戻らせてください」
桐山少年はそう言って、数に頭を下げた。
「わかりました」
「数さん?」
即答する数に向かって二美子が首を傾げる。
自分のことよりも、両親の幸せを願っている
「私なんかが反対できた義理じゃないけど、こんなのつらすぎるよ。なんでこんな幼い子が大人の都合のためにここまでしなきゃならないの? 私はどうしても、この子が過去に戻ることがこの子の幸せになるとは思えない! この子の今の言葉を聞けば、もしかしたら、ご両親だって……」
そこまで言って桐山少年の目を見た二美子は、続けようとしていた「離婚を考え直すのでは」という言葉を呑み込んだ。
(これは私の思う正論であって、この子の望んでいることではない)
桐山少年は自分のことよりも、両親の幸せを願っている。その純粋さを物語る桐山少年の目を見て、二美子は自分が間違っていることに気がついた。
正論だけが正解ではないことが、世の中にはたくさん存在する。二美子は唇を噛み締め、一歩、二歩と後ずさりして力の抜けた体を預けるようにカウンター席にもたれかかった。その時、過去に戻れる席に座る白いワンピースの女が読んでいた本を閉じる音が静かな店内に響いた。
「あ」
二美子は声を上げた。
(過去に戻るための条件が揃った。これでもう止めることはできないし、止める理由も思いつかない)
二美子は目の前を音もなく横切る白いワンピースの女を目で追った。
「どうぞ、こちらへ」
その間に数は桐山少年を過去に戻る席へと促している。席に着いた桐山少年はニコリと二美子に微笑んだ。二美子に熱いものが込み上げてくる。
(本当に、本当にお節介かもしれないけど、この子のこの姿をご両親に見せてやりたい!)
二美子は祈るような気持ちで、両の手を胸の前で握りしめた。
(第4回に続く、3月30日配信予定)
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