「人間が大変なときに何をやってるんだ」…福島で飼い主と離れ離れになった犬猫保護"その後" 震災当時の猫5匹も暮らす

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
2011年4月18日に福島県南相馬で保護されたテリアMIXの女の子
2011年4月18日に福島県南相馬で保護されたテリアMIXの女の子。画像は2013年のもの(画像:SORA 福島被災動物レスキューYouTube)
この記事の画像を見る(3枚)

ペットが家族の一員と考えられるようになっている今、災害時にその命を守ることは、もはや当然の責務といえる。近年では災害への備えとしてペット対策も言及されるようになっており、また、ペットを同伴できる避難所を設ける自治体も増えてきている。

しかし15年前の東日本大震災の発生時は今とは大きく状況が異なっていた。福島第一原発事故では、立ち入り禁止となった区域にペットなど動物が取り残されてしまった。

そこで自分の危険を顧みず保護に動いたのが、地元や首都圏をはじめとする各地のボランティアだ。その働きのおかげで、無事に飼い主の元に戻れた、あるいは新たな里親に出会えた犬や猫も数多い。

またこうした過去の教訓が、今のペットも含めた防災意識へとつながっていることも間違いない。

今回は当時地元のボランティアとしていち早く犬や猫たちの救援を行い、今も保護・譲渡などの活動を行っている福島のNPO法人SORAアニマルシェルターに、当時の様子や今の課題について聞いた。

3月11日の二階堂代表の行動

2011年3月11日、SORAアニマルシェルター代表理事の二階堂利枝氏は東京にいた。動物愛護にかかわるさまざまな活動を行っており、その時も動物愛護法改正にまつわる意見上申で上京していたのだ。福島の家族と連絡をとり、状況を聞いた。

「近隣の店がすべて被災して人間の食料も動物のフードもないという状況でした。そこで東京で物資を集め、トラックで現地に運ぶことから始めました」(二階堂氏)

集めた物資を置くスペース、物資を運ぶ2トントラックの確保、緊急車両としての許可取得、往復の燃料確保などに時間を要したため、現地に入れたのは3月25日だった。

次ページ「荷下ろしを手伝ってください」と言えなかった
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事