19歳の娘が父へ放った一言、取り返せない時間 小説「さよならも言えないうちに」第4話全公開(1)
二度と来ることはない、と思っていたのに……
雉本路子(きじもとみちこ)はうんざりしていた。
面倒な親の干渉から逃れるため、宮城県は名取市閖上(なとりしゆりあげ)からわざわざ東京の大学に進学したというのに、目の前にはしかめ面をした父が座っている。名は雉本賢吾(けんご)。
ここは、大学から駅二つ離れた場所にある喫茶店で、名を「フニクリフニクラ」といった。前に一度だけ使ったことのある喫茶店だったが、地下二階なので窓がなく、薄暗い店内は路子の気分を鬱々とさせる。
(二度と来ることはない、と思っていたのに……)
いや、二度と来ないと決めていたからこそ、賢吾との待ち合わせに使ったのだ。よく使う喫茶店だと友達と鉢合わせすることだってある。田舎から出てきた父親を友達に見られたくなかった。
「ちゃんと食べてるのか?」
しわがれた威圧的な声。この声で何度も小言を聞かされてきた。
それでも、母親が生きている間は気にならなかった。路子の母親は丸顔のゲラゲラとよく笑う、ほめ上手な女だった。誕生日にはケーキを作り、七五三では数え切れないくらいの写真を撮って部屋中に貼りまくる。テストで百点をとった日などは、路子の大好きなたこ焼きを食べきれないほど買ってくる。もう無理だと言って嫌がっているのに「あと一個、あと一個!」と、囃(はや)し立てて笑う。路子はそんな母親が好きだった。
(その母はもういない)
賢吾と二人きりの生活になってから誕生日にケーキが出てくることも、記念写真を撮ることも、テストでいい成績をとった時にたこ焼きが出てくることもなくなった。ただ、小言だけが増える。
「宿題をやれ」
「早く寝ろ」
「遅くまで遊んでるんじゃない」
「友達は選べ」
「その服はやめろ」
あれはだめだ。これは許さない。地元、閖上の地を離れて東京の大学に進学したのは、その呪縛から逃れるためだったのに……。
その嫌いな父が目の前に座っている。
「大学にはちゃんと行ってるのか?」
路子は大きなため息をついて顔を背けた。
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