19歳の娘が父へ放った一言、取り返せない時間 小説「さよならも言えないうちに」第4話全公開(1)

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「路子ッ」

「なに? 高い学費払ってやってんだからちゃんと行けって?」

「誰もそんなこと言ってないだろ?」

「言ってるのと同じでしょ? 突然上京してきて、大学の先生まで使って呼び出しって、やめてよ」

「それは、お前が……」

路子は賢吾をキッと睨(にら)みつける。

(それは、お前が一度も連絡してこないからだろ?)

言いたいことはわかっている。賢吾は口をモゴモゴさせて、

「すまん」

とつぶやき、目を伏せた。

「もういい?」

会ってわずか十五分。路子はこの煩わしい空間から早くも立ち去ろうと、ついさっき賢吾から渡された土産を手にして席を立った。

「路子」

足早に出口に向かう路子を賢吾が呼び止める。

「なに? まだ何かあるの?」

(私はこのやり取りの時間すら無駄だと思ってるんだけど)

今度は路子が言葉を呑(の)み込むが、その感情は眉間に寄せたしわが物語っている。賢吾は自分に向けられた嫌悪の表情をできるだけ見ないように顔を伏せ、路子に言葉をかける。

「困ったことがあったら言うんだぞ? なんでもいいんだ。一人で悩まずにどんなことでも……」

バンッ

突然、大きな音が店内に響いた。

「なんでわかんないかな?」

目を丸く見開く賢吾の足元に、路子の手にあったはずの土産が散乱している。袋ごと投げ捨てたのだ。

「そういうのが嫌なの! わからない? 私もうすぐ二十歳(はたち)なの、わかる? 子供じゃないの! そうやっていちいち干渉するのいい加減やめてほしいって言ってるの! なんのために東京の大学受けたと思ってるの? こういうのが嫌だからでしょ?」

店内の客は路子と賢吾、そして奥の席にいる白いワンピースの女だけだったこともあり、路子は怒気を含んだ声を躊躇(ちゆうちよ)なく張り上げた。こんなことを言えば賢吾が傷つくこともわかっている。

(むしろ、傷つけばいい)

そう思った。

「なんでわかんないかな?」

これまでさんざん勝手なことを言って干渉してきた父親に、同情する気もない。ただ、自分の目の前から早く消えてほしい。

「すまん」

と、弱々しくつぶやく賢吾。

「帰って」

うなだれている賢吾を見ても、苛立(いらだ)ちしか湧(わ)いてこない。

「帰ってよ!」

賢吾はゆるりと腰を上げると、足元に散乱したお土産を拾いあげ、ついてもいないホコリを払いながら紙袋に戻した。萩(はぎ)の月、笹(ささ)かまぼこ、ずんだ餅、そして、たこ焼きの包みが一つ。どれも路子が好きだったものである。それらを紙袋に収め、路子の前に差し出すが、路子は受け取るそぶりすら見せなかった。

賢吾は、そっぽを向いて視線すら合わせない路子を悲しそうに見つめ、肩を落として店を出て行った。

カランコロン

「……と、いうのが六年前の出来事です」

話し終えて、路子は神妙な面持ちで顔をあげた。

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