19歳の娘が父へ放った一言、取り返せない時間 小説「さよならも言えないうちに」第4話全公開(1)

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「あのですね、よく聞いてくださいね」

そう言って、路子の前に立ったのは数だった。

「はい」

「戻れます、戻れるんですが……」

「……が?」

「過去に戻ってどんな努力をしても、あなたのお父さんを助けることはできませんよ」

「え?」

「たとえ、お父さんを東京に引き止めることができたとしても、あなたのお父さんが亡くなるという事実を変えることはできないんです」

「ど、どうしてですか?」

「どうしてと聞かれても、そういうルールなので……」

淡々と話す数の口調が路子を苛立たせた。

(もし仮に、本当に父を助けることができないのだとしても、こんな突き放したような言い方はないんじゃないの? 過去に戻れると聞いて私がどんな思いでここに来たかも知らないくせに! 目の前にいる赤の他人であるマスターたちでさえ、父を亡くした私に同情して申し訳なさそうにしてくれているのに!)

「過去に戻れたって意味ないじゃないですか!」

「嘘でしょ?」

なにより悔しいのは、疑いの余地を与えないその冷静な瞳だった。

「それじゃ、過去に戻れたって意味ないじゃないですか!」

言っても仕方がない。こんなの八つ当たりだ。それでも言わずにはいられなかった。

『さよならも言えないうちに』(サンマーク出版)、シリーズ第1作は世界中でベストセラーの『コーヒーが冷めないうちに』。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら

「そうですね」

数は一瞬だけ悲しそうに目を伏せたが、ただそれだけだった。

「……そんなぁ」

数は、路子が椅子に崩れ落ちるように腰掛けるのを見届けると、くるりと背を向けてキッチンへと去っていった。

完全に生気を失った路子に、流と高竹が、

「残念だけど」

「気持ちはわかるんだけどね……」

と声をかけたが、もはや路子の耳には届いていなかった。

穴の空いた風船のように心がしぼむ。万全の準備でフルマラソンを走りだしたのに、ゴール寸前で「このレースは中止になりました。ゴールなんて最初からなかったんです」と宣言されたように、あまりに一方的で、無慈悲な結末だった。

(続き【第2回】「6年前、父を亡くした娘が結婚に踏み切れない訳」(12月2日配信

川口 俊和 小説家、脚本家、演出家

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かわぐち としかず / Toshikazu Kawaguchi

大阪府茨木市出身。1971年生まれ。舞台『コーヒーが冷めないうちに』第10回杉並演劇祭大賞受賞。同作小説は、本屋大賞2017にノミネートされ、2018年に映画化。川口プロヂュース代表として、舞台、YouTubeで活躍中。47都道府県で舞台『コーヒーが冷めないうちに』を上演するのが目下の夢。趣味は筋トレと旅行、温泉。モットーは「自分らしく生きる」。

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