「ディズニーランドに行きたくないか?」
桐山少年はこの喫茶店で泣いてしまったことを後悔していた。
去年のクリスマスの朝。
突然、父の健二が、
「ユウキ、ディズニーランドに行きたくないか?」
と、言い出した。
その頃、仕事が忙しいと言って、なかなか家に帰って来なくなっていた健二の言葉に、桐山
少年は戸惑った。
「お仕事は?」
「なんだ? 嫌なのか?」
「ううん」
桐山少年は、テーブルの向かいで朝食のトーストを頬張る母の葵を見た。
なぜなら、葵が何かを健二に相談すると決まって、
「家のことはお前に任せる。俺は仕事で忙しい」
と言うのを見ている。健二の誘いに応じていいかどうかは、葵に相談するべきだと思ったのだ。
「いいわね。今日はクリスマスだもの、ね?」
「あ、ああ」
健二の前で笑う葵を見るのは久しぶりだった桐山少年は、
「じゃ、行く!」
と、喜んだ。
ディズニーランドには葵が運転する車で向かった。助手席に桐山少年。神保町の自宅からディズニーランドへは神田橋の料金所から首都高速都心環状線に乗り、湾岸線羽田方面へ向かって二十分弱だった。
だが、クリスマスということもあり、葛西インターの出口はひどく混んでいた。
「だから、浦安インターから出ろって言ったんだよ」
「じゃ、あなたが運転してくれればよかったじゃない?」
「お前がするって言ったんだろ」
「車の中で仕事したいって言ったからでしょ? なんなの、その言い方」
自宅を出てからディズニーランドに着くまで、車内では健二と葵のいさかいが続いていた。
この日ばかりではない。
二人は数年前から日常生活の些細なことで言い争うようになっていた。
発端は、仕事と育児に対する価値観の相違だった。
葵は、出産後、桐山少年を保育園に預けて広告代理店の仕事に復帰できると思っていた。だ
が健二は、「ユウキが三歳になるまでは、性格形成に一番大事な時期だから、育児に専念してほしい」と主張した。
「確かに。じゃ、ユウキが三歳になるまでは我慢する」
と、当時の葵は健二の主張に理解を示した。
その時、健二は言葉にこそ出さなかったが、
(我慢するって何だよ? それじゃ、俺が無理強いしてるみたいじゃないか。母親なんだから当然だろ)
と、葵の発言に不満を持った。
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