「い、いいのよ、ユウキ。お母さんたちが悪かったわ。今日はせっかくのディズニーランドなんだから仲良くしないとね。ほら、あなたも」
葵はバックミラー越しに健二に目配せした。
「あ、ああ。そうだった」
健二は何かを思い出したように表情を変え、開いていたパソコンをカバンにしまい、
「ごめんよ、ユウキ、お父さん、今日はもう仕事しないから」
と、後部座席から桐山少年に頭を下げた。
「うん」
桐山少年は満面の笑みを見せた。
到着が遅かったため、車はディズニーランドから遠く離れた駐車場に止めることになった。
入園するためには、手荷物検査の後、チケット売り場の長蛇の列に並ぶ必要がある。この時点で自宅を出てから二時間半が経過していた。
ディズニーランドは、土日や祝日、クリスマスなどには入場制限がかかる場合もある。無事、入園できたとしても人気のアトラクションにはさらに数時間待たなければならない。
ひと昔前に「カップルでディズニーランドに行くと別れる」という都市伝説がまことしやかに囁かれた時期があった。ディズニーランドをライバル視する遊戯施設が噂を流したという陰謀説もあったが、実のところ、長い待ち時間が原因と言われている。
スタンバイパスが導入される前は、百分を超える待ち時間もあった。ふたりとも年間パスポートを所有するようなカップルであれば、お目当てのアトラクションに乗るための待ち時間も苦にはならないだろう。だが、そうではないカップルの場合、予想外の待ち時間の長さに、会話のネタが尽き、無口になり、果ては口論に発展してしまうこともある。
そして、ディズニーランドに行って別れたという話が、都市伝説へと発展した。
「行くと幸せになれる」というジンクス
そんな都市伝説を知ってか知らずか、桐山少年が家族でディズニーランドに行きたがったのには理由があった。
ディズニーランドには、「行くと幸せになれる」というジンクスもある。
例えば「ミッキー、ミニーと握手ができたら恋が成就する」や「ディズニーランドに行くと、子供を授かることができる」などがそれである。これらのジンクスにも根拠などない。だが、ディズニーランドが夢の国と言われている通り、幸せを願う来場者にとっては最高のジンクスである。
幸せになれるジンクスの中の一つに、
「イッツ・ア・スモールワールドの最後のゲートで願い事をすると叶う」
というものがある。
イッツ・ア・スモールワールドは、水に浮かぶゴンドラに乗って世界の国々をめぐるアトラクションである。桐山少年は、そのゲートで願い事をするつもりだった。
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