「いざ決まると、不安しかない」
7月に開催される6年生最後の大会で応援する約束を取りつけ、巣立湯を出ると、すっかり日が暮れていた。
「俺はバスだから」
板垣が右手を振り、「また、明日な」と念を押すように言った。明日が来るのが当然ではないことを、この歳になると思い知る。
宮瀬と並び三鷹駅へ歩く。途中、洋菓子屋の横を通りかかった。懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「ここのシュークリーム好きだったよな。買ってくか?」
「僕、もうシュークリームは食べないからさ」
糖尿気味だと言っていたから、禁止されているのだろうか。
「そんなことより、少年野球の応援、楽しみだね」
「いざ決まると、不安しかない」
身を縮め、夜空を見上げた。
「引間って、昔から星が好きだよね。練習帰りに巣立と観に行ってたじゃん」
「そうだったな」
巣立が流れ星を見たがり、私のお気に入りの場所に連れて行ったこともある。
「夜空を見ていると安心するんだ」
太陽が圧倒的な存在感を放つ昼間に比べ、控えめに瞬く光たちが私は好きだった。
「じゃあ、今から天体観測しようよ」
「データを残すわけじゃないから、天体観望だな」
「引間は真面目だねえ」
「悪かったな。生まれてこのかたずっと真面目で」
「えっ、真面目は長所でしょ」
宮瀬の瞳がこちらに向き、言葉に詰まる。「真面目」を否定の言葉だと感じるようになったのはいつからだろう。
「ぼやっとしてないで、観望スポットにレッツゴー」
「それなら」と駅前のロータリーを左に曲がる。線路沿いを進むと陸橋が見えてきた。線路をまたぐように南北を繋いでいる。三十段近くもある階段を、息を切らし上った。
「わお、いい眺め」
宮瀬がフェンスを掴み、のけぞるようにして夜空を見上げた。
「好きな星とかあるの?」
私は迷いながらも、「しいて言うなら、木星」と返事をした。
「なんでまた?」
いつもなら、望遠鏡を覗いて初めて見つけた星だから、と答える。ただなぜか本音が口をついて出た。
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