70歳3人組が応援団を再結成して痛感した現実 小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』第1話(4)

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「市民課の引間さん、市長室にお願いします」

始業前のフロアに、市長の秘書の声が響き渡った。同僚が一斉に私を見る。呼び出されるようなことをしただろうか。記憶を探るが、身に覚えはなかった。

ドアをノックして入ると、吉峰市長は満面の笑みで出迎えてくれた。一回りも年齢が上なのに、肌の血色も良く、私よりよっぽど若々しく見える。

「引間君、すっばらしいよ」

差し出されたのは、私が応募した「天空の市民公園」の企画書だった。

3ヶ月ほど前だったろうか。市長肝いりの新規事業のアイディアを募る、という案内が職員に配られた。普段は企画など求められる立場にない私には、魅力的だった。

業務の合間を縫い、アイディアを練りつづけた。しかし、提出期限間近になってもまとまらない。途方に暮れていた私に、部下の村下が言った。

「好きに書いたらいいんすよ。引間さんのアイディアなんて、当てにされてないですから」

この適当かつ適切なアドバイスが光明となった。私の好きなこと──天体観望だ。そして出来上がったのが、駅前ビルの空いている屋上を、市民公園として活用する企画だった。忙しなく人が行き交う駅前に、誰もが一息つける場所があったらいい。「天空の市民公園」の目玉は、広場中央に設置した大型テントで見るプラネタリウム。営業は夜まで。仕事帰りにもプラネタリウムが観たい、という個人的な妄想を書き連ねた。

「夜空は、誰にでも平等に広がっている──。このキャッチコピーも秀逸だよ。屋上に作ることで、夜にプラネタリウムから出ると本物の星空が広がるってのも、ロマンチックだね。天文台がある我が市のイメージにもぴったりだ。さすが天体観望が趣味なだけはあるなあ」

「産んだ子の責任は取らなきゃね」

吉峰市長は、ウンウンと頷き、恰幅の良い体を揺らす。私のような目立たない職員の趣味まで覚えてくれていたことに、感動を覚えた。

「最近、目の前の現実ばかりに追われていてね。人間には、ぼけーっと立ち止まって、夜空を見上げることも必要だよな」

おかげで、死ぬのが楽しみになった
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吉峰市長はにこやかな笑みを収め、ふと遠い目をした。

「きっと私たちは、夜空に自分自身を映して観てるんだろうな」

「そうですね」

昼間では埋もれてしまう小さな光も、夜空なら見つけることができる。

「というわけで、君を特命部長に任命する。新規事業の責任者としてがんばってくれたまえ」

「私がですか?」

「君の企画だ。産んだ子の責任は取らなきゃね」

吉峰市長はガハハと笑った。

(7月18日配信の次回に続く)

遠未 真幸 小説家

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とおみ まさき / Masaki Tomi

1982年、埼玉県生まれ。失われた世代であり、はざま世代であり、プレッシャー世代でもある。ミュージシャン、プロの応援団員、舞台やイベントの構成作家を経て、様々な創作に携わる中で、物語の持つ力に惹かれていく。『小説新潮』に寄稿するなど経験を積み、本作を6年半かけて書き上げ、小説家デビュー。「AかBかではなく、AもあればBもある」がモットーのバランス派。いつもの道を散歩するのが好きで、ダジャレと韻をこよなく愛す。

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