70歳3人組が応援団を再結成して痛感した現実 小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』第1話(4)

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「私に似てるから」

「へえ」

宮瀬は訝しがるどころか、目を輝かせた。私は、「天文学者の間で、木星がなんと言われているか知ってるか?」ともったいぶったように間を取る。

「太陽になり損ねた星」

「なり損ねた?」

「木星は太陽とほぼ同じ物質でできてるんだ。もっと大きければ、太陽のような恒星になっていたという説もある」

「それのどこが、引間なのさ」

「宮瀬と板垣と巣立は太陽と同類。自ら輝ける恒星だ」

華麗なルックスと身のこなしで観客席を魅了する宮瀬、まっすぐな背筋と言葉で選手を鼓舞する板垣、数々の迷言で皆を笑顔に変える巣立。なんの取り柄もない私とは対照的に、光り輝く才能を持っていた。

「皆と同じ練習をして、同じ風呂に入り、同じ時間を過ごせば、自分も輝けるんじゃないかと思ってた。実際、応援団での3年間は最高に輝いていたと思う」

宮瀬は頷き、小さく笑みを浮かべた。

「でも卒業して気づいた。あれは、私が輝いていたんじゃない。皆のおこぼれを浴びていただけだ。凡人の私一人では、ろくな成果も上げられなかった」

12年前の失態を思い出し、夜空に向かってため息をついた。

「私は、恒星になれると勘違いした木星なんだよ」

だから高望みをせず、身の程をわきまえて生きてきた。

「ふうん」宮瀬は唇を尖らせた。「引間にとっては、恒星と惑星は違うんだろうけどさ。僕には、夜空の星は全部輝いて見えるけどね」

一瞬、星たちの輝きが増したように見えた。

「僕ね、高校3年間で一番印象に残ってる応援があるんだ」

宮瀬がにっこりと笑い「都大会の三回戦」と告げた。

「三回戦? なんでまた」

「あの試合、引間が初めてエールのリーダーを任されたでしょ。でも声は上ずるし、手は震えてるし、ぐだぐだで。観客もバカにしたように笑っててさ。最高だった」

「人の失敗を喜ぶとは、いい趣味だな」

「違うよ。最高だったのは、その後」宮瀬が目を細める。「普通、失敗したら、自分は悪くないって言い張るんだよ。誰かのせいにしたり、物にあたったり、環境に文句を並べたりさ。でも引間は大勢の観客に向かって、ただ頭を下げたの。『緊張して頭が真っ白になってしまいました。すみませんでした』って。僕が逆の立場だったら、あんな風にはできない。見栄っ張りだからね」

「すぐ謝ってしまうのは、私が弱いだけだ」

「ううん。弱い人ほど、謝れないんだよ。強がることで自分を保ってる」

宮瀬の眉間に皺が寄る。心当たりがあるような口ぶりだった。

「素直に頭を下げられる方が、よっぽど強いのさ」

あまりにはっきりと言うので、思わず「そうか」と返事をする。

「昔から、引間は輝いてるよ」

心臓の脈打つ音が、どっどっどっと鼓膜の内側を揺らす。

満天の星の下、敷かれたレールの上を駆け抜ける列車を、ぼんやりと見つめた。

「で、練習は何からやるんだ」

翌日、午前10時。私たちは巣立湯の裏手にある児童公園に集合した。

ジャージの襟元に顔を埋め、あくびを噛み殺す。久しぶりの練習に緊張してしまい、夜中まで眠れなかった。

「稽古場も変わらないねえ」

宮瀬のはしゃいだ声が、眠気を押し出す。

住宅街の奥まった一角にあり、滑り台と砂場のみといういささか魅力に欠ける公園ゆえ、常に空いていて、練習に重宝した場所だった。今日も私たち以外は誰もいない。

「じゃじゃーん。強力な手ぶれ補正機能付きの最新機種を買っちゃった」宮瀬がビデオカメラを希さんに渡す。「記念すべき再始動の瞬間を残さなきゃね。さあ、練習スタート」

威勢よく始まった練習も、準備体操を終えただけで皆の息が上がる。宮瀬が「ちょっと一服」と砂場の脇にある木製ベンチに腰を下ろした。バッグからタバコを取り出すのかと思ったら、注射器だった。

「なんだそれ」

「インスリン」

宮瀬はシャツをめくり、慣れた手つきで腹部に針を刺した。「一日4回も打つんだよ」と顔をしかめる。

私も横に座り、「こっちは一日3回だ」とポケットから出した目薬を両目にさした。白内障を悪化させないため、と医者には念を押されている。この歳になると、薬は治すためではなく、現状を維持するために使う。

「おい、休憩じゃねえぞ」

板垣に促され、中央の広いスペースに移動する。

「もうバテたのかと思ったら、調子良さそうじゃねえか。ブルー」

私の顔を見て、板垣が悪戯な笑みを浮かべた。

「ブルー?」と希さんが首を傾げる。

「高校時代の、引間のあだ名だよ」

「汚名です」と訂正する。「大事な時ほど緊張してしまって、顔色が悪くなるもので」

「ブルーはほめ言葉なのに」宮瀬が頬を膨らませた。「緊張するってことは、強い気持ちで臨んでる証拠でしょ。どうでもよかったら、緊張しないから」

「炎だって、熱いほど青くなるって言うじゃねえか」

板垣が無理矢理なフォローを挟む。

「納得できるかっ。フォロー役としては、青二才ならぬ、青七十歳だな」

「青い顔の時ほど、ツッコミの調子も良いじゃない」

宮瀬が肘で突いてくる。それをかわし、「で、練習は何からやるんだ」と本題へ戻した。

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