「私に似てるから」
「へえ」
宮瀬は訝しがるどころか、目を輝かせた。私は、「天文学者の間で、木星がなんと言われているか知ってるか?」ともったいぶったように間を取る。
「太陽になり損ねた星」
「なり損ねた?」
「木星は太陽とほぼ同じ物質でできてるんだ。もっと大きければ、太陽のような恒星になっていたという説もある」
「それのどこが、引間なのさ」
「宮瀬と板垣と巣立は太陽と同類。自ら輝ける恒星だ」
華麗なルックスと身のこなしで観客席を魅了する宮瀬、まっすぐな背筋と言葉で選手を鼓舞する板垣、数々の迷言で皆を笑顔に変える巣立。なんの取り柄もない私とは対照的に、光り輝く才能を持っていた。
「皆と同じ練習をして、同じ風呂に入り、同じ時間を過ごせば、自分も輝けるんじゃないかと思ってた。実際、応援団での3年間は最高に輝いていたと思う」
宮瀬は頷き、小さく笑みを浮かべた。
「でも卒業して気づいた。あれは、私が輝いていたんじゃない。皆のおこぼれを浴びていただけだ。凡人の私一人では、ろくな成果も上げられなかった」
12年前の失態を思い出し、夜空に向かってため息をついた。
「私は、恒星になれると勘違いした木星なんだよ」
だから高望みをせず、身の程をわきまえて生きてきた。
「ふうん」宮瀬は唇を尖らせた。「引間にとっては、恒星と惑星は違うんだろうけどさ。僕には、夜空の星は全部輝いて見えるけどね」
一瞬、星たちの輝きが増したように見えた。
「僕ね、高校3年間で一番印象に残ってる応援があるんだ」
宮瀬がにっこりと笑い「都大会の三回戦」と告げた。
「三回戦? なんでまた」
「あの試合、引間が初めてエールのリーダーを任されたでしょ。でも声は上ずるし、手は震えてるし、ぐだぐだで。観客もバカにしたように笑っててさ。最高だった」
「人の失敗を喜ぶとは、いい趣味だな」
「違うよ。最高だったのは、その後」宮瀬が目を細める。「普通、失敗したら、自分は悪くないって言い張るんだよ。誰かのせいにしたり、物にあたったり、環境に文句を並べたりさ。でも引間は大勢の観客に向かって、ただ頭を下げたの。『緊張して頭が真っ白になってしまいました。すみませんでした』って。僕が逆の立場だったら、あんな風にはできない。見栄っ張りだからね」
「すぐ謝ってしまうのは、私が弱いだけだ」
「ううん。弱い人ほど、謝れないんだよ。強がることで自分を保ってる」
宮瀬の眉間に皺が寄る。心当たりがあるような口ぶりだった。
「素直に頭を下げられる方が、よっぽど強いのさ」
あまりにはっきりと言うので、思わず「そうか」と返事をする。
「昔から、引間は輝いてるよ」
心臓の脈打つ音が、どっどっどっと鼓膜の内側を揺らす。
満天の星の下、敷かれたレールの上を駆け抜ける列車を、ぼんやりと見つめた。
「で、練習は何からやるんだ」
翌日、午前10時。私たちは巣立湯の裏手にある児童公園に集合した。
ジャージの襟元に顔を埋め、あくびを噛み殺す。久しぶりの練習に緊張してしまい、夜中まで眠れなかった。
「稽古場も変わらないねえ」
宮瀬のはしゃいだ声が、眠気を押し出す。
住宅街の奥まった一角にあり、滑り台と砂場のみといういささか魅力に欠ける公園ゆえ、常に空いていて、練習に重宝した場所だった。今日も私たち以外は誰もいない。
「じゃじゃーん。強力な手ぶれ補正機能付きの最新機種を買っちゃった」宮瀬がビデオカメラを希さんに渡す。「記念すべき再始動の瞬間を残さなきゃね。さあ、練習スタート」
威勢よく始まった練習も、準備体操を終えただけで皆の息が上がる。宮瀬が「ちょっと一服」と砂場の脇にある木製ベンチに腰を下ろした。バッグからタバコを取り出すのかと思ったら、注射器だった。
「なんだそれ」
「インスリン」
宮瀬はシャツをめくり、慣れた手つきで腹部に針を刺した。「一日4回も打つんだよ」と顔をしかめる。
私も横に座り、「こっちは一日3回だ」とポケットから出した目薬を両目にさした。白内障を悪化させないため、と医者には念を押されている。この歳になると、薬は治すためではなく、現状を維持するために使う。
「おい、休憩じゃねえぞ」
板垣に促され、中央の広いスペースに移動する。
「もうバテたのかと思ったら、調子良さそうじゃねえか。ブルー」
私の顔を見て、板垣が悪戯な笑みを浮かべた。
「ブルー?」と希さんが首を傾げる。
「高校時代の、引間のあだ名だよ」
「汚名です」と訂正する。「大事な時ほど緊張してしまって、顔色が悪くなるもので」
「ブルーはほめ言葉なのに」宮瀬が頬を膨らませた。「緊張するってことは、強い気持ちで臨んでる証拠でしょ。どうでもよかったら、緊張しないから」
「炎だって、熱いほど青くなるって言うじゃねえか」
板垣が無理矢理なフォローを挟む。
「納得できるかっ。フォロー役としては、青二才ならぬ、青七十歳だな」
「青い顔の時ほど、ツッコミの調子も良いじゃない」
宮瀬が肘で突いてくる。それをかわし、「で、練習は何からやるんだ」と本題へ戻した。
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