(2):過去に戻れる喫茶店、失踪した相方待つ男の一言(1月9日配信)
(3):5年前に逝った妻、会うために過去へ戻りたい男(1月10日配信)
(4):5年前に逝った妻、過去に戻り会いに行く男の真意(1月11日配信)
「ゲンちゃん?」
窓の外は一面、雪景色が広がっていた。
陽が落ちたばかりの時間帯は、空の青みが雪に映えてコバルトブルーの世界となる。
ベイエリア周辺の街灯りがオレンジに光る。
函館の冬の最も美しい時間である。
五年前の一月三日。
冬場の閉店時間は午後六時。
お正月ということもあって、すでに客の姿はなく、店内にはユカリと世津子の二人、そして、老紳士だけだった。
例の席に、人が現れるのはいつも突然である。
この喫茶店を訪れるのは観光客も多いので、ここが過去に戻れる喫茶店であることを知らない者もいる。
そんな中、入口近くに座る老紳士の体が、突然、湯気に包まれて下から別人が現れる。
客は当然「何事が起きたのか?」と驚くのだが、ユカリはあわてない。
「みなさん、喜んでいただけましたか?」
そう言って、居合わせた客にはマジックショーかなにかのように説明する。手の込んだ演出だと拍手をくれる者すら出る。タネを明かせと言われても、明かすことはできないのだが……
この日も、突然、老紳士が湯気に包まれた。
ユカリはもちろん、世津子も何度か見たことのある光景だった。だが、湯気の下から現れた人物を見て、世津子が頓狂な声をあげた。
「ゲンちゃん?」
「よう」
小さく手を上げて轟木が答える。
世津子は、なぜ、轟木が突然現れたのか理解が追いつかず、目でユカリに助けを求めた。
ユカリは、ぱっと表情を変えると、轟木の座る席まで歩み寄り、
「あら、ゲンちゃん、元気そうね〜、テレビ、見てる、嬉しいわ、嬉しい!」
と、手を取って喜んだ。
轟木も、恐縮しながら、
「ありがとうございます」
と、ユカリに何か言われるたびに、当たり障りない返事をした。
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