5年前に戻り生前の妻に会えた男、ひと時の幸せ 小説「思い出が消えないうちに」第2話全公開(5)

✎ 1〜 ✎ 14 ✎ 15 ✎ 16 ✎ 最新
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
喫茶店 カップル
5年後の未来からやってきた“夫”に妻はどう反応したか(写真:jhphoto/PIXTA)
世界35カ国で翻訳、シリーズ320万部を突破している小説『コーヒーが冷めないうちに』。世界中で話題のシリーズを東洋経済オンライン限定の試し読みとして16日に分けて配信。シリーズ3作目『思い出が消えないうちに』の第2話『「幸せか?」と聞けなかった芸人の話』の第5回をお届けします。
(1):過去に戻れる喫茶店、通い詰めるお笑い芸人の男(1月8日配信)
(2):過去に戻れる喫茶店、失踪した相方待つ男の一言(1月9日配信)
(3):5年前に逝った妻、会うために過去へ戻りたい男(1月10日配信)
(4):5年前に逝った妻、過去に戻り会いに行く男の真意(1月11日配信)

「ゲンちゃん?」

窓の外は一面、雪景色が広がっていた。

陽が落ちたばかりの時間帯は、空の青みが雪に映えてコバルトブルーの世界となる。
ベイエリア周辺の街灯りがオレンジに光る。

函館の冬の最も美しい時間である。

五年前の一月三日。

冬場の閉店時間は午後六時。

お正月ということもあって、すでに客の姿はなく、店内にはユカリと世津子の二人、そして、老紳士だけだった。

例の席に、人が現れるのはいつも突然である。

この喫茶店を訪れるのは観光客も多いので、ここが過去に戻れる喫茶店であることを知らない者もいる。

そんな中、入口近くに座る老紳士の体が、突然、湯気に包まれて下から別人が現れる。

客は当然「何事が起きたのか?」と驚くのだが、ユカリはあわてない。

「みなさん、喜んでいただけましたか?」

そう言って、居合わせた客にはマジックショーかなにかのように説明する。手の込んだ演出だと拍手をくれる者すら出る。タネを明かせと言われても、明かすことはできないのだが……

この日も、突然、老紳士が湯気に包まれた。

ユカリはもちろん、世津子も何度か見たことのある光景だった。だが、湯気の下から現れた人物を見て、世津子が頓狂な声をあげた。

「ゲンちゃん?」

「よう」

小さく手を上げて轟木が答える。

世津子は、なぜ、轟木が突然現れたのか理解が追いつかず、目でユカリに助けを求めた。

ユカリは、ぱっと表情を変えると、轟木の座る席まで歩み寄り、

「あら、ゲンちゃん、元気そうね〜、テレビ、見てる、嬉しいわ、嬉しい!」

と、手を取って喜んだ。

轟木も、恐縮しながら、

「ありがとうございます」

と、ユカリに何か言われるたびに、当たり障りない返事をした。

次ページ「未来から?」
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事