5年前に戻り生前の妻に会えた男、ひと時の幸せ 小説「思い出が消えないうちに」第2話全公開(5)

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「でなきゃ、ゲンちゃんがわざわざ過去の私に会いに来るわけないもんね?」

「違う!」

「いいよ、そんな嘘つかなくても……」

「俺は……」

「私ね、自分の病気のこと知ってるの。もう長くないってことも……」

「世津子……」

「だから、プロポーズされて、めちゃくちゃ嬉しかったんだけど、どうしたらいいんだろって悩んじゃって……。お父さん、お母さんには相談できなかった。悲しませるの目に見えてるから。だから、ユカリさんに……」

轟木は、自分がこの場に現れた時の、二人のぎょっとした表情を思い出した。

その後、ユカリが轟木の話し相手になっていたが、世津子はしばらく背を向けていた。

世津子はその時、自分の死を悟り覚悟を決めたのだ。

「ありがと、報告に来てくれて。めちゃくちゃ、嬉しかった。本当に、本当にこんな幸せなことはない」

「……」

「もー、泣かないの……」

そう言って、世津子は子供をあやすように轟木の目から溢れる涙を指で拭った。

「コーヒー、冷めちゃうよ?」

轟木は、ふるふると首を振った。

「どうした?」

世津子はまるで母親のように見える。

「もう、戻るつもりはないんだ」

「なんで? せっかく芸人グランプリで優勝したんでしょ? これからバンバン仕事増えるんだよ? がんばらなきゃ? なんのために東京に出たのさ?」

「お前がいたから……」

うつむいたまま、轟木はつぶやいた。

「お前の喜ぶ顔が見たいから……」

ボタボタとテーブルの上に涙が落ちる。

四十三歳の男が、ただただ肩を震わせ、泣いている。

何度もあきらめかけた。

三十代半ばの頃、まともなギャラさえもらえない自分たちにいらだち、まわりの芸人仲間とケンカばかりしている時期もあった。仕事をもらうためにネタ作りと頭を下げる日々。自分たちより、後から現れた若手芸人がどんどん先にテレビに出ていく。

不安とあせりの日々。

そんな毎日をずっと支えてきたのが世津子だった。轟木が暗い顔をしていると、いつでも笑顔で励ました。そして気づく。思い出す。

「お前がいたからがんばってこれたんだ……」

(俺は、こいつを喜ばせるためにがんばってきたんだ)

と……

だが、世津子はもういない。

「俺は、お前がいたからがんばってこれたんだ……」

(だから、もう……)

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