「知ってるよ」
(え?)
「ゲンちゃん、私のこと大好きだもんね?」
いつもと変わらず、くったくなく笑う世津子。
「だから、私が死んでもがんばってくれたんだよね?」
「芸人グランプリで優勝するのが、お前の夢だったから……」
「うん」
「だから、芸人グランプリだけは、優勝するまではって生きてきたんだ」
「これからもがんばってよ?」
轟木は首を振った。
「なんで?」
「お前がいないんじゃ、生きてても意味がない……」
もはや、駄々っ子である。
しかし、世津子はそんな轟木を見て、嬉しそうにほほえんだ。愛おしいのだ。
「いるよ」
世津子の、まっすぐで、
「私はいつもゲンちゃんのそばにいる」
迷いのない言葉。
「死んだら終わりなんて言わせないんだから」
「死んでも、ゲンちゃんが忘れない限り、私はいつでもゲンちゃんの心の中にいる。私が死んでもがんばれたのは、ゲンちゃんの心の中に私がいたからでしょ?」
(俺の心の中に……?)
「私は死んでも、ゲンちゃんが活躍すれば嬉しいし、とっても幸せなの。死んだ私を幸せにできるのはゲンちゃんだけなんだからね?」
(死んだお前を……?)
「私は、私の人生全部でゲンちゃんのこと愛してる」
(俺は……)
「死んだら終わりなんて言わせないんだから」
(死んだら終わりだと思っていた)
「だから、がんばって、ね?」
優しくほほえむ世津子に見つめられながら、轟木は子供のように泣きじゃくった。
死んでも終わらない。
思えば、自分はこの世津子の思いにどれだけ応えられたのだろうか?
十分の一、いや、百分の一……
人生全部なんて、言えない……
自分はその人生を途中で投げ出そうとしていた。
世津子との人生を投げ出そうとしていたのだ。
気づかされた。
気づいた。
亡くなった世津子を幸せにできるのなら、この人生すべてでがんばらねばならないのだと……
「だから、コーヒー……」
世津子は、目の前のコーヒーを、つっと押し出した。
コーヒーは、まもなく、冷めてしまうだろう。
轟木は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、カップに手をかけた。
「プロポーズ、明日、オッケーしとくからね? 本当は、自分だけ先に死んじゃうのに、受けるべきかどうか迷ってたけど、言いたいことは全部言えたから……」
「ああ……」
世津子は背筋をのばして、胸を張った。
「死ぬまで私を幸せにするんだぞ? わかった?」
轟木は、
「わかった」
と、応えて、コーヒーを一気に飲みほした。
「……うん」
世津子の目から一筋の涙がこぼれた。
(1月13日配信の次回に続く)
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