5年前に戻り生前の妻に会えた男、ひと時の幸せ 小説「思い出が消えないうちに」第2話全公開(5)

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「知ってるよ」

(え?)

「ゲンちゃん、私のこと大好きだもんね?」

いつもと変わらず、くったくなく笑う世津子。

「だから、私が死んでもがんばってくれたんだよね?」

「芸人グランプリで優勝するのが、お前の夢だったから……」

「うん」

「だから、芸人グランプリだけは、優勝するまではって生きてきたんだ」

「これからもがんばってよ?」

轟木は首を振った。

「なんで?」

「お前がいないんじゃ、生きてても意味がない……」

もはや、駄々っ子である。

しかし、世津子はそんな轟木を見て、嬉しそうにほほえんだ。愛おしいのだ。

「いるよ」

世津子の、まっすぐで、

「私はいつもゲンちゃんのそばにいる」

迷いのない言葉。

「死んだら終わりなんて言わせないんだから」

「死んでも、ゲンちゃんが忘れない限り、私はいつでもゲンちゃんの心の中にいる。私が死んでもがんばれたのは、ゲンちゃんの心の中に私がいたからでしょ?」
(俺の心の中に……?)

「私は死んでも、ゲンちゃんが活躍すれば嬉しいし、とっても幸せなの。死んだ私を幸せにできるのはゲンちゃんだけなんだからね?」

(死んだお前を……?)

「私は、私の人生全部でゲンちゃんのこと愛してる」

(俺は……)

「死んだら終わりなんて言わせないんだから」

(死んだら終わりだと思っていた)

「だから、がんばって、ね?」

優しくほほえむ世津子に見つめられながら、轟木は子供のように泣きじゃくった。

死んでも終わらない。

思えば、自分はこの世津子の思いにどれだけ応えられたのだろうか?

十分の一、いや、百分の一……

人生全部なんて、言えない……

自分はその人生を途中で投げ出そうとしていた。

世津子との人生を投げ出そうとしていたのだ。

気づかされた。

気づいた。

亡くなった世津子を幸せにできるのなら、この人生すべてでがんばらねばならないのだと……

「だから、コーヒー……」

世津子は、目の前のコーヒーを、つっと押し出した。

コーヒーは、まもなく、冷めてしまうだろう。

思い出が消えないうちに
『思い出が消えないうちに』(サンマーク出版)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

轟木は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、カップに手をかけた。

「プロポーズ、明日、オッケーしとくからね? 本当は、自分だけ先に死んじゃうのに、受けるべきかどうか迷ってたけど、言いたいことは全部言えたから……」

「ああ……」

世津子は背筋をのばして、胸を張った。

「死ぬまで私を幸せにするんだぞ? わかった?」

轟木は、

「わかった」

と、応えて、コーヒーを一気に飲みほした。

「……うん」

世津子の目から一筋の涙がこぼれた。

(1月13日配信の次回に続く)

川口 俊和 小説家、脚本家、演出家

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かわぐち としかず / Toshikazu Kawaguchi

大阪府茨木市出身。1971年生まれ。舞台『コーヒーが冷めないうちに』第10回杉並演劇祭大賞受賞。同作小説は、本屋大賞2017にノミネートされ、2018年に映画化。川口プロヂュース代表として、舞台、YouTubeで活躍中。47都道府県で舞台『コーヒーが冷めないうちに』を上演するのが目下の夢。趣味は筋トレと旅行、温泉。モットーは「自分らしく生きる」。

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