「え?」
「なに? 違うの?」
「あ、いや。違わない」
「じゃ、はい、聞かせなさい」
終始、世津子のペースである。轟木の考えていることなど手に取るようにわかるのだと言わんばかりの自信に満ちた顔をしている。だが、これはいつものことだった。轟木は世津子の言うことには逆らえない。
轟木は、観念したように、口をもごもごさせながら、
「芸人グランプリで……」
「え? まさか?」
「……優勝した」
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」
世津子の叫び声が、店中に響き渡った。
他に客がいなかったからいいが、もし、いたとしても世津子は同じように叫んだに違いない。
「うるさい!」
「キャーーーーーーッ!」
「うるさい!」
「キャーーーーーーーーッ」
「うるせーよ!」
店内を走り回って喜ぶ世津子と、席から動けずどなるだけの轟木。その席から動けば、轟木は強制的に元いた時間に戻ることになる。それは轟木も望んではいなかった。
こんなやり取りが、世津子が走り疲れて、轟木の向かいの席に腰をおろすまで続いた。
世津子は、はぁはぁ、と、息を切らしながら、轟木の顔を正面から覗き込んだ。
「なんだよ?」
「おめでと」
世津子の瞳がキラキラと光っている。
「……お、おう」
「私、本当に嬉しい。こんな幸せなことない」
「大げさだろ?」
「ホントに……」
「そうか」
「うん」
「私、安心して死ねるよ」
轟木は、世津子がプロポーズの時以上に喜んでいるのを見て、
(よかった)
と思った。
(最後に、こいつのこんなに喜ぶ姿を見れて、もう、心残りはない)
と……。
轟木が、過去に来て初めて幸せそうな顔を見せた。
(これで……)
「私、安心して死ねるよ」
言ったのは、轟木ではない。世津子である。
(え?)
轟木は、世津子が何を言ったのかわからなかった。世津子の言葉の意味を理解しているのは、その言葉を言った世津子自身と、そして……
「世津子ちゃん……」
と、いつの間にか目にいっぱいの涙をためているユカリであった。
「なに言ってんだよ?」
「私、死んじゃったんでしょ?」
轟木は息をのんだ。
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