5年前に逝った妻、過去に戻り会いに行く男の真意 小説「思い出が消えないうちに」第2話全公開(4)

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男性 後ろ姿
あの日に戻って妻に会いたいお笑い芸人を相方が心配するワケは?(写真:mits/PIXTA)
世界35カ国で翻訳、シリーズ320万部を突破している小説『コーヒーが冷めないうちに』。世界中で話題のシリーズを東洋経済オンライン限定の試し読みとして16日に分けて配信。シリーズ3作目『思い出が消えないうちに』の第2話『「幸せか?」と聞けなかった芸人の話』の第4回をお届けします。
(1):過去に戻れる喫茶店、通い詰めるお笑い芸人の男(1月8日配信)
(2):過去に戻れる喫茶店、失踪した相方待つ男の一言(1月9日配信)
(3):5年前に逝った妻、会うために過去へ戻りたい男(1月10日配信)

いざ、会いに行こうとする者の逡巡

一連の様子を、轟木、玲司、流がじっと眺めていた。

空席になった椅子。

この椅子に座り、コーヒーを淹れてもらえば、過去に戻ることができる。

しかし、轟木はしばらく黙ったまま動こうとしない。

「さっちゃんを……」

その沈黙を、玲司が破った。

「呼んできますね」

玲司は流にそう告げて、階下へと続く階段に向かった。

玲司の背に、

「数も」

という、流の指示が飛ぶ。

玲司は、無言でうなずくと、カツカツと足音を響かせながら階下へと姿を消した。
この時になって、ようやく轟木に正気が戻って来た。

いなくなった玲司に気づいたのも、おそらくは、この時である。

轟木は、

(座ってもいいのか?)

と、流に目で訴えた。

「どうぞ」

とだけ答えた。

流は、空席を前にした轟木の緊張に見覚えがあった。

それは、

亡くなった妹に……

亡くなった親友に……

亡くなった母に……

亡くなった妻に……

いざ、会いに行こうとする者の逡巡のようなものである。

そして、その戸惑いは、相手が大切であればあるほど、強くなる。なぜなら、過去に戻って最愛の者に会えたとしても、その相手が生き返ることはない。どんな努力をしても現実を変えることはできないというルールがあるからだ。

まして、轟木は、生前の妻に見せられなかった悲願、芸人グランプリでの優勝を報告に行こうとしている。

それは、相手を喜ばせたいからである。

轟木にとって、最愛の妻、世津子の喜ぶ顔を見るのは、最も幸せを感じる瞬間に違いない。世津子にとっても、轟木の報告は大きな幸福感をもたらすだろう。

ただし、それは、コーヒーが冷めきるまでのわずかな時間しか共有することができない。轟木は必ず帰ってこないといけないのだ。でなければ、今度は轟木が幽霊となってこの席に座りつづけることになる。

過去に戻る、ということは、それらを承知の上で席に座らなければならない。

例の席に向かって踏み出す一歩が、重くないわけがない。

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