5年前に逝った妻、過去に戻り会いに行く男の真意 小説「思い出が消えないうちに」第2話全公開(4)

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轟木は、林田、世津子と同じ学校を受験した。

林田と世津子はよく勉強ができたが、轟木は苦手だった。ただ、苦手ではあったが全然できなかったわけではない。轟木の成績は中の上。ただ、林田と世津子が上の上だっただけである。

三人が目指したのは、函館工業高等専門学校だった。函館市内にある国立の高等専門学校で、通称「高専」と呼ばれている。主に工業・技術系の専門教育を施す五年制(商船は五年六か月)の教育機関である。

この時、轟木と林田はまだ芸人を目指していなかった。高専は比較的自由な校風で、就職率も良い。ただ、偏差値は62〜63で、北海道内にある高校486校中21位、国公立15校中だと1位と、非常に高い偏差値を誇る。受験前の面談では、轟木だけは確実に落ちると先生から太鼓判を押してもらっていた。

だが、負けず嫌いの轟木は、

「俺はやればできる男だ」

と引かなかった。

林田は冷静に、三人一緒の高校に行くなら、

「俺たちがゲンちゃんに合わせればいいんじゃない?」

と、言ったが、世津子は、

「ゲンちゃんなら絶対大丈夫!」

と、轟木の尻を叩いた。

それで決まった。

轟木は必死にがんばった。世津子の応援と、林田に勉強を教えてもらい、試験日一か月前から一日七時間以上の受験勉強にも取り組んだ。

高校受験の日、函館は大雪だった。

とはいえ、雪の町である。それで試験が中止になることはない。

風はなく、しんしんと雪は降り積もる。

真っ白な世界。

三人で一緒に受験会場に向かった。準備は万端だった。

轟木も過去問題をやれば、ほぼほぼ合格ラインの点数を取れるまでになっていた。

「これで受からなかったら、ゲンちゃんは、よっぽど神様に嫌われてるとしか思えない」
世津子はそう言って、轟木に合格祈願のお守りを手渡した。

「余裕だろ?」

轟木は胸を張った。かつてないほど勉強に打ち込んだ。

(もしかして、俺、勉強するのが好きなんじゃないか?)

と、勘違いしてしまう日もあった。

だが、結果は不合格。

轟木は一人、高専受験に失敗した。

俺たちはずうっと一緒だ

応援してくれた二人には悪いと思ったが、轟木に後悔はなかった。やれるだけのことはやったという達成感もある。それに、文句を言っても「落ちた」という現実が変わるわけではない。

受かって喜ぶべき世津子のほうがくやし涙を流しているので、轟木は、

「神様に賄賂を渡し忘れた結果がこれだ」

と、笑い飛ばした。

思い出が消えないうちに
『思い出が消えないうちに』(サンマーク出版)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。

公立高校は受かったので、轟木は一人で公立に行くことを決めた。

春。

入学式の日、轟木は自分の目を疑った。

同じクラスに世津子がいる。

「お前……」

世津子は高専入学を蹴って、轟木と同じ公立高校に通うことにしたのだ。

しかも、偶然同じクラスになった。

「神様にたくさん賄賂を贈った結果がこれである」

世津子はしたり顔でほほえんだ。

「私たちは、ずうっと一緒だからね?」

(ああ、俺たちはずうっと一緒だ……)

(1月12日配信の次回に続く)

川口 俊和 小説家、脚本家、演出家

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かわぐち としかず / Toshikazu Kawaguchi

大阪府茨木市出身。1971年生まれ。舞台『コーヒーが冷めないうちに』第10回杉並演劇祭大賞受賞。同作小説は、本屋大賞2017にノミネートされ、2018年に映画化。川口プロヂュース代表として、舞台、YouTubeで活躍中。47都道府県で舞台『コーヒーが冷めないうちに』を上演するのが目下の夢。趣味は筋トレと旅行、温泉。モットーは「自分らしく生きる」。

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