カツカツと音がして、階下から玲司が戻って来た。
「……すぐ、きます」
すでに轟木は例の席に座っているのだと思っていた玲司は、カウンター席からまだ腰すら浮かしてない轟木を見て、不自然に目を泳がせた。
だが、それが呼び水となったのか、轟木は、やっとカウンター席から立ち上がり、ゆっくりと過去に戻れる椅子に向かって歩き出した。
数と幸が階下から姿を見せた。
数は長袖のデニムシャツに黒パンツ、エプロンなし。幸は、襟と袖口にかわいらしいフラウンス付きの花柄ワンピースに水色のエプロン姿である。
例の席の前で立ち尽くす轟木に、
「お話は聞きました」
と、数が語りかけた。
「では、あなたがユカリさんの代わりにコーヒーを?」
轟木は、コーヒーを淹れるのは声をかけて来た女性だと思ったに違いない。
「コーヒーを淹れるのは、私の娘です」
だが、数には、
「いいえ」
と返され、困惑した。
「え? じゃ、誰が?」
「コーヒーを淹れるのは、私の娘です」
数はそう言って、傍に控える幸を見た。
「時田幸です」
幸は、礼儀正しく轟木に頭を下げた。
轟木は、一瞬狐につままれたような表情を見せたが、すぐに、
(時田家の女は、七歳になるとコーヒーを淹れることができる)
と、昔、ユカリから聞いたことを思い出した。
(なるほど)
と、思う。今はこの子がコーヒーを淹れているのだ。
「……よろしく」
轟木は、そう言って幸に笑いかけた。幸もにこりと笑顔を返した。
「準備してきなさい」
数に言われて、幸は「はい」と返事をすると、そのままトテトテと厨房に姿を消した。当然のように、あとを流が追う。
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