「林田さん?」
玲司と幸が目を丸くしている。
「あいつは? ゲンは?」
「え?」
ゲンと呼ばれているのが轟木なのはわかったが、その鬼気迫る問いかけに、玲司はしどろもどろになっている。
「と、轟木さんなら、今、亡くなった奥さんに会うために過去に……」
「なんで行かせた!」
みなまで聞かずに、林田が玲司の胸ぐらを掴む。
「は、林田さん?」
幸は、林田の形相に怯えて、数の後ろに回り込んだ。
(あ……)
怯える幸を見て、林田は急に萎んだように小さくなり、玲司の胸ぐらから手を離した。
それでも、上がった心拍数を急に下げることはできない。林田は、大きく肩で息をして、呼吸を整えた。
玲司が、おそるおそる、
「ど、どうしたんですか?」
と、林田の顔を覗き込んだ。
林田は、例の席をじっと見つめたまま、
「あいつは過去に行ったっきり戻って来るつもりなんてないんだ……」
と、力なくつぶやいた。
「え?」
流の細い目が大きく見開かれた。
すまん。あとのことは頼む
戻ってこない、と聞いても、玲司はすぐには林田の言うことに納得できなかった。なぜなら、玲司の目には轟木が自暴自棄になっているようには見えなかったからである。
だが、もし、本来、それを林田が危惧して、ここで轟木を待っていたのだとしたら、すべてのつじつまが合う。林田は、轟木の自殺を止めようとしていたのだ。
「で、でも、轟木さんは、芸人グランプリ優勝を報告したら戻ってくるって……」
確かに轟木はそう言った。
玲司は自分の記憶をふり返りながら、轟木が戻ってこないなんて、林田の考えすぎであってほしい、そう思った。
だが林田は、玲司の言葉を聞いて、大きなため息をついた。
「戻って来るわけがない」
「どうしてですか?」
流に理由を聞かれて、林田はポケットから自分の携帯電話を取り出し、ある画面を開いて見せた。
画面には一言……
すまん。あとのことは頼む。
と、書いてある。
さっき、玲司たちの目の前で打ったメールに違いない。文面から、轟木に戻ってくる気がないのがわかる。
「そんな……」
玲司は息を呑んで、誰もいない例の席に視線を走らせた。
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