「なぜ、わざわざ、函館のこの喫茶店で待つ必要が」
「どういうこと?」
その場にはいなかったが、昼間の出来事は流もあとから聞かされている。
それでも、流には玲司の言いたいことがわからない。細い目をしばたたかせた。
「轟木さんが亡くなった奥さんに会いたいというのは、普通のことですよね?」
「ま、確かに」
「それなのに、なぜ、林田さんはそんな轟木さんをここで待ってるんでしょうか?」
「ん?」
ますます、わからない。
「でも、それは行方不明になった轟木さんを見つけるためじゃないの……?」
それでも、流は自分が思っていることを口にしてみた。
「そうでしょうか?」
「え?」
「それなら轟木さんの自宅の前で待ってればいいんじゃないですか?」
「どうして? 行方不明なんだろ?」
「じゃ、なんで、林田さんは轟木さんも絵ハガキを見てると思ったんでしょうか?」
「あ……」
玲司の考察が続く。少しだけ、探偵気取りの自分に酔っているかもしれない。
「報道されている行方不明は、たぶん、轟木さんが仕事をすべて放り投げてしまったことを意味しているんです。あれだけの有名人が簡単に行方不明にはなれないでしょ? 警察も動けば、簡単に見つかるはずです。だとすると、不可解なんです」
「なにが?」
もうすでに、流はシャーロック・ホームズのワトスンよろしく、完全に玲司の推理の聞き手になっている。
「林田さんの行動です」
「林田さんの?」
「よく考えてください。轟木さんを見つけるだけなら自宅前で待てばいいのに、なぜ、わざわざ、函館のこの喫茶店で待つ必要があるのでしょうか?」
「……それは、轟木さんが過去に戻って奥さんに会おうとしているからじゃないのか?」
「それだけの理由で、ここで三日間も張り込みのようなことをするでしょうか?」
「……え? まさか」
「そうです」
玲司の目がキラッと輝いた。
「林田さんには、轟木さんを過去に行かせたくない理由がある」
「過去に行かせたくない理由? それは?」
「……それは」
流は細い目を極限まで見開いて、玲司の次の言葉を待った。
「……わかりません」
「なんだよ!」
流は、まさにコントのようにガクッと膝から崩れ落ちた。
「すみません」
「ったく」
玲司は頭をかきながら、
「じゃ、もし、数さんが、流さんが過去に戻ろうとするのを止めるとしたら、どんな理由があると思います?」
「数が、俺を止める理由?」
「ま、あくまで、参考までに、です」
「それは、ないんじゃないかな?」
「ない?」
「ないだろね。あいつは過去に戻りたいって来た客を止めたことないし、まして俺を止める理由なんて思いつかないよ」
「そうですか……」
玲司は残念そうに肩を落としたが、その表情には、まだ、なにかを言い残しているような雰囲気があった。それは、流にすら読み取れるほどである。
「なに?」
流が玲司の顔を覗き込む。
「いや、これは、本当に、俺の勝手な……、なんていうか、下世話な推測でしかないのですが……」
下世話という言葉が出た。
「え?」
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