「高架道路を作ろう、立ち退いた商店でモールを作ろう」→あえなく大失敗…全長505メートル「茨城の廃墟モール」はなぜ失敗したのか

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「モール505」
商店が集まってつくられたが廃墟化した「モール505」(筆者撮影)
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ガラガラで人がいない。空き区画だらけ。BGMだけが虚しく響いている――。日本各地に、そんな「廃墟モール」が存在する。
かつて繁栄した商業施設は、なぜ廃墟になってしまったのか? 理由を探ると、7つの要因が見えてきた――この連載では、大手ショッピングモール会社での勤務歴を持ち、プライベートでも500以上のモールを巡ったライターの坪川うたさんが現地を実際に訪れてリポート。廃墟モールが生まれる理由をひもといていく。

前編では、茨城県土浦市にある廃墟モール「モール505」の現状をリポートした。そして廃墟モールが誕生する7つの要因のうち、①競合施設の存在、②モータリゼーションの進展、⑦核テナントの撤退が当てはまると分析した。

後編では同様の事例を挙げ、さらに詳しく考察する。

商店が集まってモールをつくったが廃墟化

「モール505」は、1985年の「科学万博つくば'85」をきっかけに開発されたモールだ。

土浦―筑波研究学園都市をつなぐ高架道路「土浦ニューウェイ」の整備のため、立ち退いた地元の商店らが集まってつくられた。だが、駐車場が狭くかつ有料で、モータリゼーションに対応できなかったことで廃墟化した。広い駐車場をそなえた郊外の大型モールに、客足が流れたのである。

「モール505」。左手が「土浦ニューウェイ」
郊外の大型モールに客足を奪われた「モール505」。左手が「土浦ニューウェイ」(筆者撮影)
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