「犬顔の手でも借りたいかなと思って」
私に倣い、地面に膝をつき、絨毯に額を食い込ませる。慕ってくれる部下にまで頭を下げさせてしまうことに、どうしようもなく胸が痛んだ。
「迷惑なんですよ。そういうの」
頭上から舌打ちが降ってくる。
「役所の仕事ってのは、頭を下げればなんでも通るんですか? 上司が上司なら、部下も部下だ。こんな話、進めなくてよかった。さあ、帰ってください」
どのくらいそうしていただろうか。「もう行きましょう」と村下の声がしても、私は顔を上げられなかった。
眼前にある絨毯の灰色が、のっぺりと世界を覆っていた。
ビルを出たところで、村下が立ち止まった。
「今度こそ、変われると思ったんですけどね」
明るさを装った声が、かすかに震えている。
映画の主人公だったら、悔しさに奮起して、奇跡のひとつでも起こすのだろう。しかし私は、「ああ」となんの足しにもならない反応しか返せなかった。
屋上ありきで進めていたプロジェクトは、凍結され、なかったこととなった。
限界まで努力をした。奇跡が起きる予感もあった。しかし努力は報われず、すり減らした精神の代わりに得たのは、眼科の診療券だけ。眼球プラネタリウムは、白内障の前兆だった。結局、私は恒星にはなれず、いつもの自分のままだった。
「こっちが力をもらってたのかもな」
「じゃあなんで、高校時代はがんばれたんですか?」
希さんの声に、意識を団室に戻す。たれた金髪の間から、すがるような視線が向いている。その瞳に、「若かったから」とありきたりに答えてはいけない気がして、口をつぐんだ。
「高校時代は全部のがんばりが報われた気がしてたけどさ、よく考えたら、裏切られた努力だってあったはずなのにね」
宮瀬が顎をさすりながら視線を宙に彷徨わせる。
「あの頃は」板垣が薄く目を開いた。「へばりそうになると、選手たちの顔が浮かんだんだ。泥まみれになって必死に練習する、あいつらの顔が」
窓から一筋の風が流れ込み、沈んでいた空気が動き出す。
「そうだね」宮瀬の同意が力強く場を満たした。「ボールが見えなくなるまでノックを受けて、手のマメから血を流しながら素振りするのを間近で見てたもん。応援団が先に音を上げるわけにはいかないよ」
彼らの存在が、私たちが声を出しつづける理由だった。
「選手を後押ししてるつもりだったけど、こっちが力をもらってたのかもな」
板垣のつぶやきに、長年解けなかった方程式の解が降りてきたかのように、はっとした。応援は、する側からされる側への、一方通行の行為ではない。
私たちは支えることで、すでに受け取っていたのだ。
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