筆者は思うのだが、一般的に 「転職」という場合、実際は「転社」であることが多い。「職業を転じる」のはなく、自分が持つ一定の職能をウリにして「会社を転じる」というものだ。
しかし、富永さんは明らかに「転社」とは違う「本当の意味での転職」をしてきた。「マーケティングの本質」を獲得するための新しい課題に直面したなら、それを解決するために必要な経験を得るべく転職する。そうして、新たな職能を累積的に体得してきたのだ。
「ずっと数学の勉強をして来た人なら、実はその背景に根強く影響を及ぼしている世界史を学びたくなる、というのに似ているかもしれません」。富永流に言えば、そういうことらしい。
念願のコカ・コーラへ転職
コダックで専門家向け(B to B)のマーケティングを経験した富永さんが次に向かったのは、一般消費者向け(B to C)のマーケティングだ。まずは、家庭のテレビでインターネットを楽しめる端末を手掛ける会社へ移籍。その後ついに一般消費者ブランドの王様とも言える日本コカ・コーラに入社し、そこでマーケティングを担当するという願いをかなえる。
「コカ・コーラにはずっと入りたいと思っていました。新卒のときも転職のときも落ちていて、三度目の正直で。そしてやっと入社できたときには『いずれはコカ・コーラブランドのマネージャーをやってやるぞ!』という熱い思いをたぎらせていましたね」
当時コカ・コーラは自動販売機が全国に約100万台あり、ボトラーズという部隊が2週間ですべてをメンテナンスできることを強みにしていたが、スーパーマーケットやコンビニがその牙城を崩しつつあった。富永さんが任されたのは、そのテコ入れ策を講じることだった。
このときのプロジェクトで富永さんは、時代に先駆けた「携帯で買える自動販売機」の開発に携わり、天才ゲームクリエイターと称えられた故・飯野賢治さんとコラボレーションするという夢のような機会にも恵まれた。
そのままコカ・コーラで順当に経験を積み重ねれば、憧れのブランドマネージャーになれたかもしれない。就職前の富永さんからしてみれば、確実に理想の軌道に乗り始めていた。にもかかわらず、富永さんはコカ・コーラの外側に新たな「点」を打つ。
「コカ・コーラは偉大なブランドだと思います。ですが、深く考えれば考えるほど、その価値はお客様が接触するチャネルによってかなり左右されるのではないかと思い始めたのです」
無料会員登録はこちら
ログインはこちら