流の返事がないので、京子が「ねぇ?」と再び声をかけた。すると、しばらくして、
「ええ、まぁ、一応」
という声だけが返ってきたのだが、なぜか、数よりも流の方が歯切れの悪い、恥ずかしそうな返事だった。
「マジか……」
京子が、改めて数をじっと見つめていると、流がキッチンから出てきた。
「そんなに驚くことですか?」
流は、京子に向かってそう言うと、淹れたてのコーヒーを清に出した。清は嬉しそうにニッコリ笑顔を見せると、カップの上でゆっくりと深呼吸をした。それを見ている流の目が湾曲する。流は、自分がこの喫茶店で提供するものに尋常ではないこだわりを持っている。清の笑顔は、そのこだわりへの賞賛である。流は満足げに胸を張ってカウンターの中に戻った。
京子は、そんな流の満足感には微塵も気付くことなく話を進める。
「いや、なんか、数ちゃんて、そういう色恋沙汰とか感じさせない雰囲気あるじゃない?」
「そうなんですか?」
流は細い目をさらに細めて空返事をすると、鼻歌交じりに銀のトレイを磨きはじめた。数の彼氏の話より、清の笑顔のほうが流にとっては重要だった。
数が彼から告白された回数
京子は、そんな流を横目に、
「あの日、何してたの?」
と、数を問い詰める。
「プレゼントを探していました」
「プレゼント?」
「彼のお母さんが誕生日だというので……」
「なるほど、なるほど」
それからしばらく、京子は数の彼氏について根掘り葉掘り質問をした。初めて会ったときの印象やら、どんな告白をされたのかなど、聞けば数が何でも答えるので、京子の質問が尽きることはなかった。
中でも、京子が一番興味を示したのは、数が彼から告白された回数が、一度だけではなく、過去に三度もあったことだった。一度目は知り合って間もない頃、そして、その三年後、最後は今年の春である。
京子の質問に、ためらいなく答える数ではあったが、過去に二回も断っておきながら、三度目の告白で付き合うことにした理由だけは「わかりません」と曖昧に答えた。
ひとしきり聞きたいことを聞き終えると、京子は嬉しそうに頬杖をついてコーヒーのおかわりを流に頼んだ。
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