流は、腕組みをして、じっと話を聞いていたが「やっぱり」とつぶやいた後、真っ赤な顔で、
「何でも嬉しいと思います」
と、鼻息荒く答えた。だが、すぐさま京子に、
「そういうのが一番困るのよ?」
と一蹴され、「すみません」と肩を落とした。すると、フラスコを持った数が、清のコーヒーカップにおかわりを注ぎながら、
「ネックレスとか、いかがですか?」
と、言葉をかけた。
「ネックレスですか?」
「それほど派手なものでもありませんし……」
数は、そう言って、首元のネックレスをつまんで、清に見せた。それは、確かにつまみあげないと気付かないほど細いチェーンのネックレスだった。
「どれどれ? あら、いいんじゃない? 女はね、いくつになっても、こういうのに弱いのよ?」
京子が、数の首元をのぞき込んで、大きくうなずいた。
「ちなみに、数さんは今おいくつでしたっけ?」
「二十九歳です」
「……二十九歳」
清は、考え事をするかのようにうつむいた。
京子は清の表情を見て、
「なに? 年齢とか気にされているんですか? 大丈夫ですよ、大事なのは気持ちですから。奥さん、喜ぶと思いますよ?」
と、はげました。
清の顔が、パッと明るくなる。
「わかりました。ありがとうございます」
「がんばってね」
京子は、まさか清のような不器用そうな老刑事が、奥さんの誕生日にプレゼントを用意するなんて思ってもいなかったのだろう、驚きと感心、そして何より応援したい気持ちでいっぱいだった。
「はい」
清はそう返事をすると、ヨレヨレのハンチングをかぶり直し、コーヒーカップに手を伸ばした。
数も、優しくほほえんでいる。
あれ ライオンが鳴いている
ガオガオ ガオガオ ガーオガオ
「あの子は母に頼まれてここに来てただけだから……」
奥の部屋から、ミキの歌声が漏れてきた。
「こんな歌詞あったっけ?」
京子が腕組みをしながら視線を泳がせた。
「流行ってるらしいっす」
流が答える。
「替え歌が?」
「ええ」
「そういえば、子供ってなんでも替え歌にするよね? 陽介もミキちゃんと同じ歳の頃は、所構わず、とんでもない替え歌うたって、何度も恥ずかしい思いしたわよ」
京子は懐かしそうにほほえんで、ミキのいる奥の部屋に視線を走らせた。
「そういえば、最近、陽介くんは一緒じゃないんですね?」
流が話題を変えた。
陽介とは京子の子で、小学校四年生になるサッカー少年である。生前、入院中の絹代に流の淹れたコーヒーを届けるため、京子と一緒に頻繁にこの店に顔を出していた。
「え?」
「陽介くんです」
流の問いかけに、京子は「ああ、うん」とつぶやくと、目の前のお冷やに手をのばし、
「あの子は母に頼まれてここに来てただけだから……」
と、答えて、グラスの水を飲みほした。
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