明治維新で「大久保利通を最も困らせた」意外な藩 版籍奉還と廃藩置県を進めるにあたって葛藤

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かつては久光の手となり足となり働いた大久保にとって、つらい心境だったようだ。日記にはこんなふうに記している。

「激論になってしまい、愕然するほかはない」

一方、西郷には上京を促したが、これも拒否されてしまう。西郷からすれば、中央の政治よりも藩士の救済が急務であった。交渉上手の大久保も、この2人の前では成果を出せず、むなしく帰路につくほかなかった。

さらに、明治3年9月、薩摩藩は国に差し出していた2000の兵を国元に返してしまう。そのうえで「以後の兵を出すことは免除してもらいたい」と申し出たのである。

これを許せば、中央集権化どころの話ではない。大久保は強硬手段に出る。天皇から西郷や久光に対して、上京の勅命を出させたのだ。合わせて、大久保は岩倉具視を勅使とし、さらに木戸孝允や山縣有朋を伴い、鹿児島へと向かう。

西郷が復帰のためにつけた条件

久光はそれでもなお、病を理由に上京を断っているが、西郷としては自分は倒幕の立役者でもあり、知らんぷりをすることもできない。とはいえ、ただ薩摩藩士の不満を抑えるだけの役目を引き受けるつもりはなかった。

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そこで西郷は大久保や木戸らに、復帰のためにこんな条件をつけている。

「自分に政治改革の一切を委ねてほしい」

大胆な提案だが、西郷に私心はない。ただ、新政府を生み出した責任がある。大久保らは西郷の提案に同意している。もはやそれしか方法がなかったからだ。明治新政府はそれほど崩壊の危機にあったといっても言い過ぎではない。

その後、大久保と木戸、そして西郷が高知に向かい、板垣退助と会談。鹿児島、山口、高知の有力3藩の協力関係が約束されている。3藩兵による政府直属の軍隊が、ようやく誕生することになったのだ。これで明治新政府も大ナタを振るうことができるというものだろう。

ただし、西郷の上京を許可するにあたって、久光は西郷にこう釘を刺していた。

「政府のなかでは廃藩の議が起きるかもしれないが、これに同意してはならない」

しかし、久光の意はあっさりと無視される。明治4年7月14日、廃藩置県が唐突に断行されることになるのだった。

(第30回につづく)

【参考文献】
大久保利通著『大久保利通文書』(マツノ書店)
勝田孫彌『大久保利通伝』(マツノ書店)
松本彦三郎『郷中教育の研究』(尚古集成館)
西郷隆盛『大西郷全集』(大西郷全集刊行会)
日本史籍協会編『島津久光公実紀』(東京大学出版会)
徳川慶喜『昔夢会筆記―徳川慶喜公回想談』(東洋文庫)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
勝海舟、江藤淳編、松浦玲編『氷川清話』 (講談社学術文庫)
佐々木克監修『大久保利通』(講談社学術文庫)
佐々木克『大久保利通―明治維新と志の政治家 (日本史リブレット)』(山川出版社)
毛利敏彦『大久保利通―維新前夜の群像』(中央公論新社)
河合敦『大久保利通 西郷どんを屠った男』(徳間書店)
家近良樹『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』 (ミネルヴァ書房)
渋沢栄一、守屋淳『現代語訳論語と算盤』(ちくま新書)
鹿児島県歴史資料センター黎明館 編『鹿児島県史料 玉里島津家史料』(鹿児島県)
安藤優一郎『島津久光の明治維新 西郷隆盛の“敵"であり続けた男の真実』(イースト・プレス)
萩原延壽『薩英戦争 遠い崖2 アーネスト・サトウ日記抄』 (朝日文庫)
家近良樹『徳川慶喜』(吉川弘文館)
家近良樹『幕末維新の個性①徳川慶喜』(吉川弘文館)
松浦玲『徳川慶喜―将軍家の明治維新増補版』(中公新書)
平尾道雄『坂本龍馬 海援隊始末記』 (中公文庫)
一般財団法人 日本開発構想研究所『東京遷都の経緯及びその後の首都機能移転論等』(国土交通省 国土政策局 総合計画課)
佐々木克『大久保利通と明治維新』(吉川弘文館)
佐々木克『江戸が東京になった日 明治二年の東京遷都』(講談社)
渡部一郎『遷都論の全て』(竹井出版)

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