頂き物に「お返し」したら叱られたまさかの理由 「そんなことするならもう差し上げません!」

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「おいしいね」「ありがたいね」と言いながらおせちをつつき、ホカホカの雑煮をいただく2人だけの食卓。それは詫びしいどころか実に華やかな暖かいものと相成りましたとさ……って、いやいやこれってマジで「笠地蔵」の世界じゃないか! ウソのようなまさかの現実に、ありがたいやら笑えてくるやら。

ここまでくると、私の人生はどうしたって盤石であると思わざるをえません。そうだよこのような状態をこそ「人生の頂点」というのでは……?

と、金満会社員時代にはまったく得られなかった心からの幸せを噛み締める正月となったのでありました。

そう自分のお金で超高級料亭のおせちを買うのも、それはそれで素晴らしいことには違いない。でも羨ましいかと問われれば、今の私にはそのような気持ちは一切なし。

だって私の「もらったおせち」のほうがずっと贅沢だ。美味しさもさることながら、そこには「信頼できる友達」という大きすぎるオマケがついているのだから。いやオマケと言うより、こっちがメインで、おせちやお餅がオマケなのかもしれぬ。いずれにせよ、これはお金では決して買うことのできない究極の贅沢であることは間違いない。

会社員時代には想像すらしなかった世界

そして皆様に是非ともお伝えしたいのは、私とて会社員時代、つまりはすべてをお金で手に入れるのが当たり前だった時代には、このような僥倖を得ることはまったくできなかったし、それどころかこんな世界があるなど想像すらしなかったということだ。

それが会社を辞め給料がもらえなくなったことを機に「買わない」世界を一つ一つ探求していった結果、6年の歳月をかけて、ついにこのような地点まで上り詰めることができたのである!

ってことはすなわち、誰だって心がけ次第でこのような「笠地蔵」の世界で暮らすことはちゃんとできるのであります。

というわけで、またも自慢話が長くなってしまったが、昨年から延々と語ってまいりました「もらう生活」のコツについての話を再開したいと思います。

前回、もらうコツとして、何よりもまず「自分をつねに不足させる」ことが必須であると書いた。

なぜって、不足していないものは、もらったところであんまり嬉しくないからだ。でも嬉しくない顔なんてしたら失礼に当たるので、嬉しくないけど嬉しいフリをしなきゃならない。それはそれで疲れる作業だが、実はそこまで頑張ったところで残念ながらムダなのである。相手にはしっかりバレている。人とは案外スルドイ生き物なのだ。

なのでその場は丸く収まったように見えても、敏感にあなたの本心を察知した相手は、以後決してあなたに何かをくれようとはしなくなるであろう。

次ページ不足があれば感謝できる
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