映画がない時代なのに、まるで映画
藁科さんが「まるで映画のワンシーンのよう」と言うのが『青梅』だ。画面の手前と後ろは影になっていて暗く、中央には日が当たっていて、干してある傘の白さが際立つ。傘の色は紙の地の白さがそのまま生かされている。
「手前が暗くなっていると、自分も絵を描いている人間と同じ位置に立って見ているような感覚になります。映画というものをまだ知らなかったはずなのに、映画のような視覚的な効果を取り入れています。自分で見いだしたのか、何かからヒントを得たのかはわかりません」
大下は画家として活躍する一方で、水彩画を全国に普及させた。彼が書いた水彩画の手引書『水彩画の栞』は15版を重ねるベストセラーになった。森鴎外が序文を寄せている。
水彩画を見たことがない人でも描けるように、空にはこの色、川にはこの色を塗ればいいとか、紙は東京のこの店でいくらのものを注文すればいいといった、具体的な情報を丁寧に紹介している。
この本を参考に地方の青年たちが絵を描き始め、全国で水彩画のブームが巻き起こった。後に洋画家として活躍する、坂本繁二郎、萬鉄五郎もこの本に影響されて筆を執った。岸田劉生も大下の水彩画をお手本として模写したという。
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