油絵に比べると地味な印象の水彩画、しかも、あまり知られていない画家なのに、じわじわと入場者を増やしているのが、「水彩画家 大下藤次郎」展だ。千葉市美術館で6月29日まで開かれている。
無名だった尾瀬を、一躍有名に
雨にけむる尾瀬沼を描いたこの作品は、大下が39歳のときのもの。当時の尾瀬は今のような観光地ではなく、まだ知られていなかった。大下は山に分け入り、この尾瀬沼のほか、穂高岳、猪苗代湖などの風景を水彩画にして紹介した。それ以来、尾瀬や日本アルプスが景勝地として人気を集めるようになったのだという。
学芸員の藁科英也さんはこう語る。
「それまでの日本の風景画は、理想の景色を除けば、和歌に詠まれた名所旧跡、日本三景などが中心でした。名所は昔の人々の記憶と結び付き、富士山の手前に松があれば三保の松原、といった約束事がありました。それに対して大下は、自分の目で自然を見て、これがいい景色だと示したのです」
伝統的な風景観から解き放たれて、日本の自然美を再発見する。いわば風景画の近代化を図ったのが大下だという。
では、大下藤次郎とはどんな人物だったのだろう。
1870年(明治3年)に東京で生まれ、20歳を過ぎてから画家を志した。初期の絵を見ると、お世辞にも上手とは言えない。
「よくこれで絵描きになりたいと思ったな、というレベルですが、そこからどんどんうまくなっていきます。展覧会では、上達の過程をまざまざと見ることができます」
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