年650高座に上がる落語家「桃月庵白酒」の生き方 確実に安打をたたき出す実力派落語家の哲学

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「志ん朝師匠はわれわれには稽古つけてくれなかったですね。二つ目とか真打の方が稽古お願いしても、“いやもういいよ、忙しいから”と。でもね。古今亭はやっぱり志ん朝師匠なんですよ。うちの師匠も今は、ああいう(ゆっくりした)口調ですけど、若いときってやっぱり志ん朝師匠みたいに速いんですよね。志ん朝師匠の影響を受けていない噺家はいないと思いますけどね。

師匠とのエピソードも語った(編集部撮影)

実は、私、若い頃はだいぶ暗かったんですよ、芸が。二つ目の半ば頃まで。

そんなとき志ん朝師匠に“別にうまいとか、芸がどうのこうのじゃなくて、落語なんてお客さんが喜ばなきゃ存在価値ないんだから、まずはお客さん喜ばせなさいよ。お客様がなぜ落語聞きに来るか?と言ったら楽しい気持ちになりたいからでしょう。

だったら、マクラとか噺とかもっと楽しくしゃべりなさい。聞いている人はつまらないよ、じゃなかったら、素人で好きにやっていなさいよ”と結構きつく言われたことがあって、そこらへんからですかね、芸風が変わってきたのは」

仰ぎ見る存在が身近にいることの幸せを感じるエピソードだ。

「あっ!」と言わせる「粗忽長屋」

冒頭で「安心して聞いていられる落語家」と言ったが、そうではないかもしれない。

「粗忽長屋」といえば滑稽噺の代表格。行き倒れた自分の遺体を本人が拾いに行くというパラドキシカルな噺だ。

白酒のこの噺は基本的にオーソドックスな展開だが、前半の主役である行き倒れを見つける最初の男からして少しずつおかしくなっていく。思い込みが激しすぎて、ちょっと異常だ。そう感じた時点で、すでに噺は半分「異世界」へと踏み込んでいる。そして徐々に噺は、単なる「そそっかしい男が出てくる滑稽噺」ではなく「常識と非常識の境界が崩れた不思議な噺」へと変貌していくのだ。

そして最後の段で、行き倒れだと思い込む男は、実は長屋に呼びに行く男ではなく、最初の男だった、という意表をついたオチになる。この噺をすでに聞いたことがある人なら「あっ!」と言いたくなるような演出。わずか10数分の噺で、ぐいぐい自分の世界へ引きずり込むのだ。

「自分にとっては遊びというか、ここをこうしたほうが自分がやっていて楽しいなということで、くすぐりを入れています。で、くすぐりの中にも、これわかってくださいというくすぐりと、気づく人だけ気づいてというくすぐりを入れているので。で、こことここがわかればここがわかります、とか、そういう遊びをしていますね」

口跡はなめらかで、わかりやすい口調ではあるが、いろんな仕掛け、白酒に言わせれば「遊び」が仕込まれているのだ。「安心して聞いていられる」と言ったが、白酒落語はうかうかと聞いてはいけない。「気を確かにもって」聞かなければならない。

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