年650高座に上がる落語家「桃月庵白酒」の生き方 確実に安打をたたき出す実力派落語家の哲学

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白酒が楽しんで演じているな、というのがわかるのが「付き馬」という噺。花代(遊興費)を踏み倒そうという男が、廓の若い衆を連れ回して吉原から浅草と歩き回るシーン、白酒の演出では、主人公の男が行く先々の食べ物屋を言い立てていくのだ。

高座での桃月庵白酒師匠(写真:橘蓮二)

餃子の「末っ子」、「正直ビヤホール」から仲見世にまわって、「亀屋」の人形焼(皮がぱりっとしている)、「入山煎餅」、「日乃出煎餅」、浅草海苔の「いせ勘」、紅梅焼の「梅林堂」など、実在する店を、寸評を交えながら実に楽しそうに紹介していく。ちなみにこれらの店、多くが「食べログ」に載っている。

「白酒」という芸名の、ふくよかな容貌の落語家から、上野、浅草あたりの寄席でこんな噺を聞いた日には、そのまま真っすぐ家に帰ることなどできそうにない。どこかでひっかけないといけなくなる。

「あれも“道中付け(目の前の風景や地名を次々に言い立てていく落語の演出)”に類するものなんでしょうかね。私にもわかりませんが。もちろん、昔の噺ですから昔の店を並べ立ててもいいんでしょうけど、どうせだったら今でもわかりそうなところがいいかな、と思って。

お店も多いですが、だいたい前座、二つ目時代に飲み歩いていた店がほとんどですね。そんなグルメな店は出してはいません。庶民的な店ですね。落語家は、若いうちからいい店に連れていっていただくことが多いんですが、先輩からはそういう店は出すなよ、と言われています」

意地の悪い“田舎者”のリアリティー

もう一つ。白酒で感心するのは「田舎者」がうまいことだ。「権助魚」や「化け物使い」などの登場人物である田舎から出てきた山出しの奉公人が、極めてリアリティーがある。

落語が好きな人はおわかりだろうが、落語に出てくる「田舎者」は、特定の地方の出身者ではない。おそらくは東北や北関東の言葉訛りがベースにはあるのだろうが、どこともしれない独特の言葉を使う。いわばステレオタイプの「田舎者」だ。

もちろん白酒の「田舎者」は、出身地の薩摩訛りなどは一切出てこない。

「どうなんでしょうね、自分では意識はないんですが。でも(十代目柳家)小三治師匠に褒められました。“お前、生まれどこだ?”“鹿児島です”“だから土のにおいがするのか”って。褒められたのか馬鹿にされたのかわからないですけど。

ただ、私の田舎者の基本は(六代目三遊亭)圓生師匠ですね。落研時代に一時期、圓生師匠ばっかり聞いていて。圓生師匠は田舎者うまいじゃないですか。圓生師匠の場合、どちらかというと、ちょっと意地が悪い田舎者なんですよ。それを聞いて、私も地方出身ですから、“ああ、田舎者のこと、わかっているな”と思った。

都会の人は、田舎の人っておおらかでいい人っていう印象があるだろうけど、そうじゃない。私も圓生師匠の田舎者の演出を取り入れた。ただ、やりすぎると嫌味になりますから、結果的には悪気のない“巧まざる意地悪さ”のほう持っていくようにはしていますけどね」

端的に言えば「細かなニュアンス」を演じ分けることができるセンスと「耳のよさ」を感じる。これは得がたい資質だ。

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