佐々木朗希射止めたロッテ、投手コーチ指導論 吉井理人が考えるコーチングの基本中の基本
現代の野球は、限りなく個人競技に近い団体競技である。プロ野球界はコーチが主体になり、コーチが自分の手柄を挙げるために指導をしている面がみられる。コーチの力が強く、威圧的で、選手はコーチの言うことさえ聞いていればいいというイメージがある。
しかし本来、主体はコーチではなく選手である。選手が最大限の能力を発揮できるように、選手がどのように競技をしていきたいかを中心に考えるのが、コーチングの基本的な考え方だと思う。
チームのための自己犠牲は必要ない
メジャーリーグを見ていると、個々の力を十分に発揮さえせたうえで、チームとしてもまとまっている様子がひと目でわかる。チームとしての大きなルールはあるが、日本のように細かくはない。
例えば1点差で負けている9回の攻撃で、ノーアウト・ランナー一塁の場面で4番バッターに打席が回ってきたとする。日本の4番バッターだったら、自分が犠牲になってもチームのためにバントをしようと考える。本心ではそう思っていなくても、チームを優先させる思考がしみついているからだ。しかも、本来は長打を狙える4番バッターが、自己を犠牲にしてランナーを進塁させた姿に、美しささえ見いだすのが日本人の特性だ。
しかし、メジャーリーグでは、4番バッターの役割は長打をもたらすことだ。犠牲バントをする役割など求められていない。サインもなく自らバントしたとしたら、4番バッターは与えられた役割を放棄したとみなされ、逆に怒られる。仮に三振してランナーが進塁できなくても、監督やコーチはもちろん、ファンからも批判されるようなことはない。
例外があるとすれば、シーズン終盤で優勝がかかっているときと、プレーオフの一発勝負のときだけだ。ランナーを進塁させたほうが優勝に近づく場合は、4番バッターでもバントをさせたり、状況によっては右打ちをさせたりすることもある。
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