佐々木朗希射止めたロッテ、投手コーチ指導論 吉井理人が考えるコーチングの基本中の基本

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プロ意識とは、自分のパフォーマンスを上げるための思考・行動を、すべての思考・行動に優先させる意識である。その人がやるべき本業、つまり野球選手であれば野球、ビジネスパーソンであれば仕事において、パフォーマンスを上げ、高い成果を出すための思考や行動を、すべてのことに優先させるということだ。

一軍に上がってきたばかりの選手は、このプロ意識を持っていない選手が多い。ビジネスパーソンでも、若手はまだプロ意識を持っていないケースがほとんどだ。つまり、日々何をするべきか、いつ、何をするべきかといった優先順位を、プロになっても知らない人が多いということである。

野球選手は、試合で負けた日にはさまざまなストレスが溜まる。ビジネスパーソンも、仕事で嫌なことがあったらストレスを感じるだろう。その鬱憤を晴らすため、お酒を飲むのは構わない。だが、泥酔したり深酒をしたりするのは、プロ意識がない人のやることである。それによって体調が悪化すれば、翌日からのパフォーマンスに影響が出る。

泥酔も深酒も、本業に影響がない範囲であればやめる理由はない。ただ、やっていいときと、やってはいけないときがある。それをちゃんとわかっているだろうか。わかっていなければ、わかるように指導するのはコーチの職責である。

ストレスを溜めている相手を見逃さない

自分が期待している場面ではないところで使われることが多くなり、ストレスを溜めてへそを曲げているあるベテラン投手がいた。彼は本来、勝っている試合の7回か8回に登板するセットアッパーで、いわゆる「勝ちパターン」の一角を担う選手だった。しかし、その「勝ちパターン」で起用されなくなっていったのだ。

だがそれは、ブルペンの活性化を狙った監督の采配なので、やむをえないことはベテラン投手もわかっていた。だからこそ、行き場のないストレスを抱える羽目に陥っていた。

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本来は、監督がチームの方針として選手に伝えるのがベストだ。しかし、監督の説明がない場合は、コーチが言わなければならない。ただ、ベテラン投手の気持ちが痛いほどわかった僕は、コーチとしてではなく、プロ野球選手の先輩として話を聞いてほしいとアプローチした。

僕も選手のときに似たような境遇に陥り、そのときはストレスを発散するために物に当たった。コーチとしては注意したくても、自分を棚に上げて人に注意するのは説得力のかけらもないので、言いにくかっただけの話だ。

「今、おまえが置かれている立場は、すごく不本意で気分が悪いかもしれん。それはよくわかるけど、若い選手たちは、おまえのことを見ているよ」「おまえは、今年だけの選手じゃない。来年もあるし、再来年もある。しかも、引退した後に、もしおまえが指導者になりたいんやったら、今はへそを曲げている場合じゃないよね。プロのピッチャーとしてやるべきことは、たった1つじゃないの?」

そういうと、ベテラン選手は納得してくれて、次の日から若手の見本になるような態度に改めてくれた。

コーチングの基本についてその一部を紹介してきたが、ほかにも、コーチにはカウンセリング力が必要になったり、一人ひとりの特性に合わせての指導技術が求められたりする。なぜそういった力が必要なのか、指導法には拙著『最高のコーチは、教えない。』にも載せたので参考にしてほしい。

吉井 理人 千葉ロッテマリーンズ 投手コーチ

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よしい まさと / Masato Yoshii

1965年生まれ。1984年近鉄バファローズに入団。1995年ヤクルトスワローズに移籍。1997年オフにFA権を行使して、メジャーリーグのニューヨーク・メッツに移籍。コロラド・ロッキーズなどを経て、2003年オリックス・ブルーウェーブに移籍し日本球界に復帰。2007年現役引退。2008年~2012年、北海道日本ハムファイターズの投手コーチに就き、2009年と2012年にリーグ優勝を果たす。2015年福岡ソフトバンクホークスの投手コーチに就任して日本一に、2016年は北海道日本ハムファイターズの投手コーチとして日本一に輝く。2014年4月に筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻に入学。2016年3月博士前期課程を修了し、修士(体育学)の学位を取得。2019年より千葉ロッテマリーンズ・投手コーチ。

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