佐々木朗希射止めたロッテ、投手コーチ指導論 吉井理人が考えるコーチングの基本中の基本

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チームのために、個人が犠牲となるプレーをした選手が褒められる風潮のままでいいのか。この疑問は、僕の頭の中にずっとある。

だから、青山学院大学の駅伝チームの原晋監督が「個人がそれぞれ色を出して、それがまとまって青学の色になればいい」という趣旨の言葉を語ったとき、この考え方がプロ野球に広まればいいと思った。

どのような組織でも、個人が任されている仕事の質が上がれば、組織の力も上がるはずだ。だからこそ、個人の能力を上げるようにコーチングをすることが必要なのだ。個人の能力が高まるような課題を与え、モチベーションが下がらないように気を配り、課題を達成したら、さらなる高みに上りたいと思わせるような環境をつくる。それが組織がまとまる力につながり、組織力を高めるエンジンになる。

ここでは、コーチングの基本的な考え方を紹介していきたい。

専門的な技術・知識を教える「指導行動」

コーチが行う指導は、選手個人のパフォーマンスを上げるための「指導行動」と、選手のモチベーションや練習の取り組み方、設定課題の質を向上させるための「育成行動」に分割できる。

指導行動を端的に言えば、技術的なスキルを教えることだ。僕の担当するピッチャーに関するコーチングで言えば「ピッチングフォームを教える」「トレーニングのやり方を教える」「配球のやり方を教える」「マウンド上におけるメンタルのつくり方を教える」など、その競技特有の専門的な知識や、トレーニングの知識などの伝達と教育が該当する。

まず、何も知らないレベルの低い対象者には、基礎的なスキルの指導から始める。だが、少し経験を積んだ対象者に対しては、そういうわけにはいかない。対象者によってタイプ、スキルの習得度、フォームなどがまったく異なるため、おのおの鍛える場所も違ってくる。完全に一人ひとりに対してオーダーメイドで対応していくのが、指導行動の本質である。

1つのケースを紹介する。ファイターズのある若手投手が、投球のときに左膝が出てしまう癖をメディアから指摘された。投手としては重大な欠点だが、それを指摘されることを、本人が非常に嫌がっていた。技術的な課題を、本人が認めたくなかったからだ。

この場合は、欠点をストレートに指摘すると選手がモチベーションを下げてしまう。したがって、モチベーションを下げない工夫を凝らした指導が必要になる。

僕は、課題となっている左膝の部分には直接触れずに、ほかの点を修正していくことで、知らず知らずに課題となっていた左膝を修正するという作戦を取った。結果的に、選手のモチベーションを保ったまま、課題を修正することができた。

しかし、直接指摘したほうが効果の出る素直な選手もいる。だから、個々人の性格・気質を理解し、指導方法を変えなければならない。「指導行動」は、普遍化が難しいコーチング技術である。個人のタイプによって、また属する組織・業界の違いによっても指導するスキルやポイントは異なるからだ。

むしろ、より普遍化できるのは、「育成行動」のほうだ。「育成行動」とは、技術ではなく心理的、あるいは社会的な面において個人の成長を促す行動だ。

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