これは、解雇の合理性や、労働条件引き下げの際の「不利益変更」の合理性判断と似ていて、「ブラックボックス」化の懸念をはらんでいます。現に、上記最高裁判決でも、東京高裁、大阪高裁、最高裁それぞれの判断は異なっています。裁判官ですら意見が割れるような極めて微妙な問題ですので、正直言って専門家でも法的リスクの判断は難しいと思います(なお、本稿では深入りしませんが、このように高裁と最高裁の裁判官ですら意見が分かれる問題について、一企業が判断できなかったからといって「過失」があるという認定には専門家の立場として疑問があると言わざるをえません。過失の前提である予見可能性はあるのでしょうか)。
つまり、同一労働同一賃金に関する事柄は、いつ違法であると言われてもおかしくないということです。
企業は違法と言われかねない状態を放置できない
ここで、企業としては、労働条件の重要な要素である賃金について同一労働同一賃金に反して違法と言われかねない状態を放置するリスクを取ることはできないでしょう。すると、今後の企業対応の方向性としては、①非正規雇用者の手当など賃金を上げる方向、②今後は正社員に払われている手当などを廃止して、非正規雇用者に合わせる方向のいずれかで対応するしかありません。
現に、正社員と非正規の賃金推移に関する統計データでは、同一労働同一賃金政策による影響が表れ始めています(上記①の方向性)。経済学の考え方でフィリップス曲線というものがありますが、以下の図では横軸に有効求人倍率をとり、縦軸に給料の上昇率をとっています。
理論的に考えれば、右に行くほど(有効求人倍率が高くなるほど)人手不足になるはずですから、その分給料の上昇率も高くなるはずであり、右肩上がりの線が書けることが通常です。そこで、線を見てみると、非正規雇用者のフィリップス曲線は人手不足に伴って右肩上がりなのですが、正社員のフィリップス曲線は人手不足にもかかわらずフラット化しています。つまり、有効求人倍率が上昇し雇用市場が改善しても、正社員の給料は上がっていないのです。
結局企業の総額人件費は決まっていますから、「これからは同一労働同一賃金だ!」と突然言われても、そう簡単に増やせません。最高裁判決が出て、非正規雇用者に手当などを払うとしても、結局のところ財布は1個であり、ない袖は振れないのです。もしパートタイムに多く給料を払うとすれば、どこかを削らなければなりません。そこで、正社員の給料は「上げない」という選択肢をする企業も出てくるでしょう。
もう1つの対応(②正社員の手当を廃止する)は、これまではさまざまな種類のものが存在し、正社員に支給されていた「手当」を廃止していく方向です。ここは勘違いしている人もいるかもしれませんが、同一労働同一賃金政策は、必ずしも非正規社員の待遇を正社員に合わせることは要求していません。日本郵便の例のように、「下に合わせる」企業も今後出てくることでしょう。賃金原資は限られているので、公平に分配しなければならないからです。
では、そもそも公平に分配するとはどういうことでしょうか。端的に言えば、10やった人には10払う。3しかやっていない人には3しか払わないということです。「正社員だから」10、「非正規だから」3ではありません。また、「20年勤めた人だから」10ではなく、現実に貢献した仕事、発揮したスキルに応じて賃金を支払うのが真の公平ということです。
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