「ホームレス路上訪問活動」がやっていること

新宿の「おっちゃん」たちとの出会いと思い出

この言葉を聞いて、目が潤んでいる学生がいた。後で話を聞くと、彼女は大学1年生。将来の夢で悩んでいるという。誰に相談しても、はっきり自分の進みたい道を応援してくれる人がいなかった。そんな時金井さんだけが、自分の背中を押してくれた。だから感極まって涙を流していた。

この日、大学の授業でホームレスの現状を学びに来ていたこの女子学生。自分が励まされて帰ることになるなんて思ってもいなかっただろう。金井さんには、人を励ます力がある。お味噌汁なんてなくても、人はつながることができるのだ。彼女がこれから思い出すのは、「ホームレス」に会った記憶ではない。「金井さん」という1人のおっちゃんとの会話だと思う。こんな出会いの連鎖が、路上では生まれている。

ホームレス支援雑誌

金井さんには、路上訪問に来たボランティアに対するルーティンがある。それは自分が販売するホームレス支援雑誌を、来た学生に持って帰ってもらうことだ。わいわい話している中で急に学生の人数を数え出し、手渡す。学生は「え、もらっていいの?」と困り顔をする。なぜなら、この雑誌の販売額の一部が彼の収入になるから。「持ってけって、いいって」。

そう言って頑なにお金をもらおうとしない。たまに追いかけっこするぐらい、お金を受け取ってくれない。「これからの学生さんに、読んでほしいんだ。社会に出た時役立つと思うよ」。最初は、これからも買い続けてほしいから渡しているのだと思っていた。でも、この配る行為には金井さんのある願いが込められていることが後々わかる。

金井さんと出会って9か月目のある日。スープの会では、時々路上のおっちゃん自身も一緒になって他の路上生活者の訪問をすることがある。ボランティアと仲がいい金井さんを誘ってみた。「俺はまだだめ。やることがあるんだ」。目標を遂げなければ参加できないと言われた。「若い人にこれ(ホームレス支援雑誌)を読んでもらいたい、読んでもらうまで続ける」。私は金井さんが雑誌の配布に強い使命感を抱いていたのを初めて知った。

彼がいつも販売場所にする後楽園駅前で雑誌を買いに来てくれる人は、あいさつもしてくれるし、路上に住んでいる人の存在に気づいてくれる。薄情な関係ではなく、気持ちが通じ合っているのだという。

「通行人見ててもさ、お互い牽制し合ってるような感じがするんだ」。金井さんが雑踏を歩く人を指さして言った。何度か話すうちに、金井さんが人と人とのちょっとした関係にとてもデリケートな人だとわかってきた。

生活保護を受けてアパートに入居することに長いこと抵抗しているのも、アパートに入ってから、隣の人にあいさつするかしないかといった1つひとつの行為で気疲れしてしまうからだ。いちいち相手がどう感じるか気にしすぎるあまり、結果的によそよそしくなってしまう社会を肌で感じている。心の中ではお互いがお互いに厳しく、冷たい社会。わかり合えなくなっていることを日々感じている。

自分の雑誌を読むと、自然と路上のおっちゃんたちとのつながりが生まれ、多くの小さな存在に気づいてくれるのではないかと金井さんは期待している。「だから、これを配り終えるまでは、路上訪問はできないんだ」。

私の家の本棚には金井さんからもらった雑誌が並んでいる。その内容以上に、金井さんという販売している人間に出会えたことが何より大事なのだと思う。路上販売をしている時のおっちゃんたちの表情はとても怖い。金井さんも実際にすごい形相で後楽園駅に立っている。

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