地下鉄サリン事件「被害者の会代表」の真実

妻として犯罪被害者として…高橋さんの32年

なぜ普通の主婦だった彼女が代表を引き受けることになったのか(写真: ジャバ / PIXTA)
上智大学文学部新聞学科の水島宏明教授が指導する「水島ゼミ」は、大学生に小さなビデオカメラを持たせ、この世の中にある何らかの社会問題を映し出すドキュメンタリーの作品づくりを指導している。
若者たちが社会の持つリアリティと向き合い、最前線で活動する人々と出会うことによて、社会の構図や真髄を自ら把握していってほしいという取り組みだ。そんな若者たちの10章のドキュメンタリーをまとめたのが『想像力欠如社会』(弘文堂)である。今回、その中から栗原海柚さん、向島櫻さんによる第8章『妻として、犯罪被害者として~今日もあなたと生きていく~』を全文転載する。

地下鉄サリン事件被害者の会代表、高橋シズヱさん(70)。多くの人は、報道カメラの前で遺族の気持ちや裁判について堂々と語る彼女を思い出すだろう。しかし、大学生である私の心をつかんだのは、テレビでは見せない彼女のはじける笑顔だった。「48年間、本当に普通の主婦だったのよ」。何の挫折もしたことがなかったと、あっけらかんと話す。

そんな当たり前だった日常を、1995年に起きた地下鉄サリン事件が奪ってしまった。結婚してから事件後までの32年間、シズヱさんが暮らした北千住へ足を運ぶと、家族の楽しい思い出がよみがえる。しかし、それと同時に事件後の心苦しさも混ざり合いながら浮かび上がってくる。「地下鉄サリン事件被害者の会代表」として生きづらさを感じる日々。そんな彼女を支え続けたのは、他でもなく事件で亡くなった夫の一正さんの存在だった。事件当時を知らない世代だからこそ見つけられた、等身大のシズヱさんを映し出す。

事件を知らない私が、初めて彼女に会った日

「この会を開催させていただきました、高橋シズヱです。まず、注意点があります。今回の会で、気分が悪くなってしまう方は別室を用意してありますので、そちらで休んでください」。

高橋シズヱさん(筆者撮影)

2017年3月19日。「地下鉄サリン事件22年のつどい」と掲げられたホワイトボードの前で、そう切り出した。東京の中心部にあるビルの会議室。彼女の目の前には、私を含む10人あまりの学生と、多くの地下鉄サリン事件被害者の会の関係者、そして後ろにはずらっと並んだ報道陣。100人以上の視線とカメラに見つめられながらも、しゃんと立ち、まっすぐに前を見つめて言葉を紡ぐシズヱさん。地下鉄サリン事件で、当時営団地下鉄(現在の東京メトロ)霞が関駅の助役だった夫の一正さんを亡くし、今は被害者の会の責任者として活動を続けている。私が知っているのはそれだけだった。

「気分が悪くなる」とは、PTSDを抱えた人たちに対する配慮だということは、後で合点がいった。そのくらい、何も知らなかった。当時まだ生まれてもいなかった私にとっては、無縁で、難しくて、怖くて得体の知れない事件……そう思っていた。

次ページ「地下鉄サリン事件22年のつどい」へ足を運んだのは…
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