「ホームレス路上訪問活動」がやっていること 新宿の「おっちゃん」たちとの出会いと思い出

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眉間にしわを寄せ、黙ったまま、雑誌を片手に立ち続けているのだ。声をかけにくい上、何の雑誌かよく知らないため、ますます話しかけづらい。今では「こんばんは」の一言だけで、あのしわくちゃな笑顔で答えてくれるのだが……。その「一声かける」勇気がなかなか難しい。私は金井さんという人物に出会って、この雑誌の存在を知ったことで、「一声かける」勇気がついたと感謝している。

駅に向かう人が自分の前を通り過ぎる。私とおっちゃんは路上の端っこで、お味噌汁を飲みながら眺めている。

「ホームレス」の人と女子大生が道端で座って話していると、明らかに街の人は驚く。すごくジロジロ見られる。その見られている感覚も、おっちゃんたちとの会話のほうが楽しくて、最初のうちは全然気がつかなかった。たまたま一行から遅れて歩いた時、周囲の好奇の視線に気づいた。初めて自分たちの行為が世間ではまだ馴染みのないことなのだと知った。話しかければただのおっちゃん。全然話してくれない人もいるし、怒鳴る人もいるけど、本当にみんなただのおっちゃんなのだが……。

金井さんと出会って、彼らには彼らの人生があることを知った。きっと、ここまでに乗り越えてきたいろいろな出来事があったのだろう。今どんな境遇であろうと、同じ人間で、自分と同じように好きなことがあって目標がある。黙っているのは言わないだけかもしれないし、話すのが恥ずかしいだけかもしれない。まだ自分を表現できない段階なのかもしれない。でも、私は逆に「どんな人生を経験してきた人なのだろう」といったスタンスで声をかけるのがいいと思う。一声でこんなにも世界はひろがるのだから。

金井さんから雑誌をもらって以降、街にいる路上のおっちゃんをよく目にするようになった。人数が増えたのではなく、私が意識して、ホームレスを見るようになったということだろう。今まで友達と遊んでいた新宿が、まったく違う場所に見える。地元の駅にも路上のおっちゃんたちがいることを、夜回りを始めてから気づいた。22年間も使っていた地元の駅。知らず知らずに、視界に入れないようにしていたのかもしれない。「自分が見ていた世界は、狭かった」。そう強く感じたのを今も覚えている。

金井さんは「社会を見る目を養ってほしい」と言って雑誌を手渡してくれる。大事なのは雑誌を熟読するのではなく、金井さんと出会って、「一声かける」勇気だ。別におっちゃんたちにだけではなく、席を譲ったり、荷物を持ったりでも何でもいいと思う。自分の周りをちょっと見てみたりすることだと思う。私が体験したようなことを、金井さんが雑誌を渡した学生たちの多くが経験していると思うと、金井さんの影響力とその偉大さに気づかされる。

畳箒

新宿駅周辺にはイチョウ並木の通りがいくつかある。秋になると、道は落ち葉でいっぱいになる。そんな大量の落ち葉を、キャップをかぶった小柄なおっちゃんが、慣れた手つきで掃除する。その工藤さんが手にしていた畳箒は、棒の部分に継ぎ木がされ、3分の1が消耗してしまっている。

私たちが工藤さんのお家に向かう時間、大体彼はこうして落ち葉掃きをしている。秋口でなければ、道のゴミ拾い、飲食店が出したゴミ袋の整頓などを行っている。工藤さんがゴミを拾う瞬間はとにかく速い。ベテラン清掃員のようで、ゴミ拾いというより、ゴミハンター。ゴミをつかむトングや箒の修理跡を見ると長年連れ添った相棒だ。そんな相棒とともに1日3回、こうして自分の住む通りを掃除している。

これは誰に言われたのでもなく、一種のボランティアだ。住んでいる以上、何かをしたいと思った彼がたどり着いたのが、私たちと同じボランティアだった。彼の考えていることは、私たちと一緒で、ホームレスだからどうこうというわけではなく、そもそも何も変わらない。

工藤さんのお家は、道路脇の地下鉄の暖かい空気が出てくるところのダンボールの上。だから冬場はとても暖かい。そしてゴミ拾いをしているせいなのか、紙袋が3つほど置いてあって、それぞれ燃えるゴミ、燃えないゴミ、いるもの入れと分別してある。ゴミ拾いのトングも畳箒も、垂直にきれいに縦に揃えて置いてあるから、真のきれい好きなのだ。

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