「フリー40歳定年」がテレビをつまらなくした 経費削減がもたらした放送作家の変質とは?

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しかし、テレビの地位が向上するにつれて、多くの子弟がテレビ局を志望するようになり、「普通の人」が続々入社してきた。それでもテレビが多くの大衆から歓心を買われてきたのは、「ならず者時代」を知っているベテランが、番組制作に携わってきたからだ。

普通の彼らが駄目とは思わない。思わないが、経験の浅い作家を手下にして、面白い番組を制作するのはまず難しかろう。若い作家がエキセントリックな才能の持ち主ならそれは可能だが、こだわりが薄く、人間関係を重視するタイプならば、突飛な企画はまず生まれない。

安穏な人間関係がもたらした影

つまり、ぶつからないといけないものもあるのだ。であるのに、摩擦を避け、排除すれば、制作現場のみならず、番組の緊張感さえも消失する。安穏な空気は番組にも投影される。

放送作家も、摩擦を避け、“親分”の機嫌を損ねないように、自らの立ち位置をどうにか設定する。そう動かざるをえない。まさに幇間である。「良好な人間関係」に汲々とする姿が見て取れる。そこに「才能」の入り込む余地は、はたしてあるのかどうか。

彼らを責め立てるわけにはいくまい。予算の削減によって、命脈は断たれようとしていることを思えば、そう振る舞わざるをえない。

もちろん、ここに挙げたのは、あくまでも、筆者の視点から見た事例の一つであり、仕事の形態に個人差があるように、違和感を覚える人もいるだろうし、的外れと感じる人もいるかもしれない。所感はそれぞれに任せたい。とはいえ、昨今の放送作家が抱える苦悩は、現代テレビが持つ、病理の一個といえなくもない。筆者は徒然に思う次第である。

細田 昌志 ノンフィクション作家

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71年生まれ、鳥取県出身。CS放送「サムライTV」でキャスターをつとめたのち放送作家に転身。ラジオ、テレビなどを担当する一方、雑誌やウェブに寄稿。2020年より著述専業に。主な著書は『坂本龍馬はいなかった』(彩図社)、「ミュージシャンはなぜ糟糠の妻を捨てるのか」(イースト新書)。2020年秋、長篇ノンフィクション『沢村忠に真空を飛ばせた男/昭和のプロモーター・野口修評伝』(新潮社)を上梓。

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