だが、そんな式部の「おっとりキャンペーン」を邪魔する人物もいた。
以前から式部を目の敵にしていたという左衛門の内侍は、『源氏物語』を書いている式部には『日本書紀』の教養があるんだと、殿上人にわざと言いふらして「日本書紀講師の女房様」というあだ名をつけて、イジっていたという。
屏風に書いてある漢文も読めないフリをした
本当に悪気があって言ったかどうかは判然としないが、少なくとも式部は迷惑だったらしい。「一」という漢字の横棒さえ引くことを控えて、屏風に書かれた漢文も読めないフリをしていたというから、徹底している。
けれども、中宮の彰子は、教養のある一条天皇に振り向いてもらおうと、式部から漢文を教えてもらいたがったようだ。式部に唐の詩人・白居易の『白氏文集』を読ませたりもしていた。
彰子のそんな思いは式部も無碍にはできなかったのだろう。人目に付かないところで、彰子にこっそりと『楽府』(新楽府)の2巻をテキストに講義を行うようになった。
式部からすれば、周囲にバレないかとヒヤヒヤしたに違いない。だが、同時に、自分を偽らなくても受け入れられる空間は心地よくもあったはず。
「漢文を学びたい」という彰子と対峙するときだけは、式部は自分らしくいられたのではないだろうか。
【参考文献】
山本利達校注『新潮日本古典集成〈新装版〉 紫式部日記 紫式部集』(新潮社)
『藤原道長「御堂関白記」全現代語訳』(倉本一宏訳、講談社学術文庫)
『藤原行成「権記」全現代語訳』(倉本一宏訳、講談社学術文庫)
倉本一宏編『現代語訳 小右記』(吉川弘文館)
源顕兼編、伊東玉美訳『古事談』 (ちくま学芸文庫)
桑原博史解説『新潮日本古典集成〈新装版〉 無名草子』 (新潮社)
今井源衛『紫式部』(吉川弘文館)
倉本一宏『紫式部と藤原道長』(講談社現代新書)
関幸彦『藤原道長と紫式部 「貴族道」と「女房」の平安王朝』 (朝日新書)
繁田信一『殴り合う貴族たち』(柏書房)
倉本一宏『藤原伊周・隆家』(ミネルヴァ書房)
真山知幸『偉人名言迷言事典』(笠間書院)
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