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ライフ #紫式部と藤原道長が生きた平安時代

「陰湿な宮廷に嫌気」紫式部が決意した"キャラ変" リスクがあるにもかかわらず彰子に極秘講義も

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  • 真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)
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出仕して早々に憂鬱になってしまったようだ。「初めて内裏わたりを見るにも、物のあはれなれば」、つまり「初めて内裏で生活をするにあたって、物思いに耽ることがあり」という詞書のあとに、こんな和歌を詠んでいる。

「身のうさは 心のうちに したひきて いま九重に 思ひみだるる」

(わが身のつらい思いがいつまでも心の中についてきて、いま宮中で心が幾重にも思い乱れることだ)

続いて、「まだ、いとうひうひしきさまにて、古里にかへりて後」とあり、宮仕えに慣れないままに実家にいったん帰ったらしい。

そんなときに「ほのかに語らひける人に」、つまり、宮仕え中に少し会話をした人に対して、こんな和歌を送っている。

「閉ぢたりし 岩間の氷 うち解けば を絶えの水も 影見えじやは」

岩間を閉ざした氷が解ければ水に影が映るように、私に心を開いてくれない方々が打ち解けてくれれば、御所にお伺いしないはずがありません――。そんな意味になる。慣れない宮仕えでよほど嫌なことがあったのだろう。

出仕を催促されても簡単には応じなかった

元旦から数日が経つと、中宮から「春の祝歌を贈るように」と、式部のもとに要請があった。実家に退散してから、まだ出仕していなかった式部は、自分の家から次のような和歌を贈っている。

「み吉野は 春のけしきに かすめども 結ぼほれたる 雪の下草」

(吉野は春の景色にかすんでおりますが、雪に覆われて地にはりつく下草のように沈んだ気持ちでいます)

紫式部の歌にも登場する奈良県・吉野山(写真:mono / PIXTA)

ずいぶんとお祝いムードからはかけ離れた和歌を贈ったものだが、春が来てもまだ出仕する気にはなれない、自分の心情が反映されている。

3月になっても、依然として宮中に顔を出さないでいると、こんな歌が贈られてきた。

「憂きことを 思ひ乱れて 青柳の いとひさしくも なりにけるかな」

(嫌なことに思い悩まれて、里下がりが青柳のように長くなりましたね)

実家に帰ってから、もうずいぶん時が経ってしまっていますね……と、式部に宮仕えを促している。

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