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キャリア・教育 #超訳アドラーの言葉

「アドラーの本は難しい」と思われる意外な背景 自らの経験から考えた「劣等感」の向き合い方

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アドラーの本は、この時期に英語で出版されています。しかしながら、これがとてもわかりにくいのです。

なぜなら、56歳まで英語と無縁の生活を送っていたアドラーにとっては、英語がネイティブでなかったからです。

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アメリカでスターダムにのし上がり、1930年代にはアメリカで生活することが多くなったアドラーは、講演に忙殺される日々を送ります。

本を執筆する時間も惜しまれるワーカホリック状態での唯一の趣味は、ハリウッド映画。そんな日々の中で、日常会話では不自由しないくらいの英語のレベルにはなっていました。

しかし、講演や執筆となると話は別です。自分がドイツ語なまりの英語で講演した内容をもとに出版しようとするも、原稿をじっくりと推敲する語学力も時間もなく、フリーランスの編集者に委ねるしかありませんでした。

こうしたことに、アドラーの本はわかりづらい、アドラー心理学は難しいと思われることの一端があるのです。

67年の生涯を閉じた

ちなみに、1927年にアメリカでW・B・ウルフによって訳され出版された 『人間知の心理学』(日本では『人間知の心理学』と『性格の心理学』として2分冊)という本があります。アドラーの講演をもとに出版されたものです。

この本を出版したグリーンバーグ出版社は、哲学的、あるいは科学的な本というより自助(セルフヘルプ)本として売り出したため、難解な本にもかかわらず瞬く間に10万部以上を売りました。1920年代を通じてのフロイトの関連本すべての売り上げを上回るほどになったといいます。

このような人生を送っていたアドラーでしたが、その終わりは突然訪れます。

1937年5月、ヨーロッパへ講演旅行に向かったアドラーは、イギリス・スコットランドのホテルから散歩に出たところ、心臓発作のために路上で倒れます。そのまま、救急車の中で亡くなりました。 67歳でした。

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