M-1誕生ストーリーで学ぶ、「需要創造の極意」 経営学者が斬り込む『M-1はじめました。』

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楠木:司会者として活躍されていた紳助さんが、そういうことが大切だとお考えになっていた理由は何でしょうか。ご自身は漫才をやめていらしたんですよね。

:紳助さんが漫才をやっていたのは8年間で、それから15年くらい経っていましたが、自分は漫才によって育てられたという感謝の気持ちがあって。でも、お返しをしていないと。そこに僕が飛び込んで、プロジェクトをつくって漫才を盛り上げようとしていますと言ったら、すごく喜んでくれました。

楠木:1000万円という賞金の金額はすごく重要な要素だと思うのですが、ほかにも最初から条件設定がうまかったと思います。真剣勝負で、その日、その場の漫才しか評価対象にしない。笑いのプロしか審査員をやらない。10年目まで。それから、吉本以外の人やアマチュアも参加できる。1000万円以外の条件については、谷さんが考えられたのでしょうか。

:私が思っていたのは、吉本だけ、大阪だけで漫才コンテストをやっても、絶対にムーブメントは起こせない。全国ネットでやらないと、大阪のローカルイベントにすぎなくて、注目してもらえない。嘘みたいな話ですが、大晦日の紅白歌合戦の裏で、日本レコード大賞のようになったらいいなと。

楠木:最初から高い目標を据えることは大切です。ついつい、やりやすいほうに迎合してしまう。途中で、一緒に働く部下が「このプロジェクトをつくられたではなく、谷さんがつくったと言ってくれ」というあたりから、お仕事に対する取り組みも変わったというのも、いい話ですよね。

:嬉しかったですね。

M-1にアマチュアも参加できる理由

楠木:なぜアマチュアを参加させようと思ったのでしょうか。

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:カラオケが裾野を広げたのと同じかなと考えました。それまでは一般の人は、プロの歌手の歌を聴くだけやったわけです。のど自慢はあったけれど、一握りの歌のうまい人が出る。それが、カラオケができて、一般の人も自分で歌う喜びを知った。下手でも歌えば気持ちいいし、うまい人はみんなに聴かせたい。お笑いも、一般の人の中で自分はおもしろいと思っている人が、特に関西にはいっぱいいます。それから、カラオケを自分で歌ったり、人の歌を聴くと、やはり歌手はうまいなと思う。

楠木:プロはなんでこんなに違うんだろうと考えさせられますよね。

:漫才も一緒ちゃうかなと。参加者を増やしたいということもあったけれど、実際に自分がやってみると、漫才師のすごさがわかってくるし、親しみも感じてもらえるのではないかと。そういう思いがありました。

(構成:渡部典子)

(後編は1月14日に公開予定です)

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谷 良一 元吉本興業ホールディングス取締役

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たに りょういち / Ryoichi Tani

1956年滋賀県生まれ。京都大学文学部卒業後、81年吉本興業入社。間寛平などのマネージャー、「なんばグランド花月」などの劇場プロデューサー・支配人、テレビ番組プロデューサーを経て、2001年漫才コンテスト「M-1グランプリ」を創設。10年まで同イベントのプロデューサーを務める。よしもとファンダンゴ社長、よしもとクリエイティブ・エージェンシー専務、よしもとデベロップメンツ社長を経て、16年吉本興業ホールディングス取締役。20年退任。大阪文学学校で小説修業、あやめ池美術研究所で絵の修業を始めるかたわら、奈良市の公益社団法人で奈良の観光客誘致に携わる。23年、雑誌『お笑いファン』で谷河良一名義で小説家デビュー。

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楠木 建 一橋ビジネススクール特任教授

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くすのき けん / Ken Kusunoki

1964年東京都生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より一橋ビジネススクール教授。2023年から現職。専攻は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社+α新書)のほか、近著に『経営読書記録(表・裏)』(日本経済新聞出版)などがある。

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