M-1誕生ストーリーで学ぶ、「需要創造の極意」 経営学者が斬り込む『M-1はじめました。』

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楠木:この本で非常に印象だったのは、テレビにおける漫才の停滞ぶりを示すエピソードです。かつて漫才ブームの中心にあったフジテレビで、漫才の番組をつくったときに、サンパチマイク(固定式のスタンドマイク)を使わず、音がクリアにとれるからと、ピンマイクやガンマイクを使う。カメラも話している人に寄るので、相方のリアクションが撮れないとか。それではおもしろさが伝わらないんだと。

:空白の期間があったので、カメラマンや音声さんの間で、バストショットで2人を撮って、掛け合う声を拾うという漫才を見せる基本が伝承されていなかったのですね。

楠木:今では信じがたいことですね。そういう最高に忘れられていた時点で、谷さんは木村政雄常務の指示で、1人で漫才プロジェクトをやることになった。これは吉本で新しいことをするときによくあるパターンですか。

:そんなこともないと思います。当時、吉本では新喜劇もジリ貧でマンネリ化していて、新喜劇と漫才は2本柱なので立て直そうと。それで、私は漫才プロジェクトをやれと言われました。期待されたというより、どちらかというと仕事を外されたのかなと思っていました。

楠木 建(くすのき・けん)/一橋ビジネススクール特任教授 1964年東京都生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より一橋ビジネススクール教授。2023年から現職。専攻は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社+α新書)のほか、近著に『経営読書記録(表・裏)』(日本経済新聞出版)などがある(撮影:今井康一)

面談で聞き出した漫才師の本音

楠木:それで最初になさったのが、漫才師の現状把握ですね。当時の吉本のお笑いの劇場で漫才師を観察した。若手が出る劇場の「baseよしもと」には、20代のお客さんが入っていて、漫才のレベルも意外と高い。

:そうです。しかし基本は、ルックスのいい漫才師には女性ファンがついていて、いつも同じ顔ぶれで、男性客はいない。それに、漫才をしていないようにも見えました。普通にネタをすると、コアなファンはみんな知っているので、だらっと立ち話風で。

楠木:アイドルのコンサートのようだったのですね。要するに、表面的には需要は薄くなっている。ところが、漫才師全員に1人ずつ面談すると、供給側はみんな本音では漫才がしたいと思っていた。例えば、西川のりお・上方よしおは、漫才が一番楽しいし、漫才で食えたら幸せだと。キングコングもキャーキャーともてはやされても嬉しくなくて、漫才がしたいと思っていた。

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