日本で「教養主義」が失われた2つの納得する訳 大正・昭和時代の「教養」は何を目指していたか

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日本で「教養」と言えば、まず欧米流のリベラルアーツ教育や旧制高校での教養教育が思い浮かぶと思います。

それでは、この2つは「パイデイア」と同じものを意味しているのでしょうか。あるいは別のものを意味しているとすれば、それぞれの関係性はどうなっているのでしょうか。

英語の「リベラルアーツ」(liberal arts)は、ラテン語の「アルテス・リベラーレス」(artes liberales)に由来します。これは、ギリシア語の「エンキュクリオス・パイデイア」(enkyklios paideia)をラテン語に訳したものです。

「エンキュクリオス・パイデイア」は、「円環的に配列された科目による人間教育」を意味しますが、これがラテン語になった段階で、「人間を自由にする技芸」を意味するようになりました。

リベラルアーツというのは、古代ギリシア・ローマに源流を持つ自由七科(septem artes liberales)のことです。

上述のとおり、古代ギリシアでは、自由人である市民と彼らに仕える奴隷が分けられ、自由人として生きていくためには一定の素養=教養が求められ、それは手工業者や商人のための訓練とは区別されていました。

これが、古代ローマにおける自由の諸技術と機械的技術の区別に引き継がれ、さらにローマ時代末期の5世紀頃、キリスト教の理念に基づいて、7つの教科としてまとめられました。

西洋中世における「大学の起源」

中世において神学・法律・医学を学ぶ専門教育が確立した際に、それらを学ぶ前に履修すべきものとして自由七科を集大成したのがヨーロッパの大学です。

中世の大学には、上級学部として神学、法学、医学が置かれ、その前段階として論理的思考を教える哲学がありました。

さらにその前段階にあったのが、主に言語に関わる三学(文法学、修辞学、論理学)と、数学に関わる四科(算術、幾何学、天文学、音楽)からなる自由七科でした。

それが、「人が持つ必要がある技芸(実践的な知識)の基本」として、19世紀後半から20世紀のヨーロッパの大学制度において、現在のリベラルアーツになったのです。

現代でもこのリベラルアーツ教育の伝統を守っているのが、アメリカの東海岸に多く見られる、アマーストカレッジ、ウィリアムズカレッジ、ウェルスリーカレッジといった教養教育専門のリベラルアーツカレッジです。

その最大の特徴は、学生が幅広い教養を身につけることを目的とした「全人教育」にあります。

アメリカ最古の高等教育機関はハーバード大学ですが、同校が当初はリベラルアーツ教育を行う小規模な大学として設立され、その後、大学院を持つ大規模な研究型大学に移行していったのに対して、いくつかのリベラルアーツカレッジは今もその伝統を守り続けています。

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