"大哲学者"が問い続けてきた「生きることの意味」 「あなたという存在」に意味を与える生き方は?

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学校教育のみならず、ビジネス社会においても「教養」がブームになっている。そもそも「教養」とは何か(写真:metamorworks/PIXTA)
現在、学校教育のみならずビジネス社会においても「教養」がブームになっている。その背景には何があるのか。そもそも「教養」とは何か。
ベストセラー『読書大全』の著者であり、「教養」に関する著述や講演も多い堀内勉氏が、教養について論じる、好評シリーズの第4回。

「生きる」という問いにどう答えるか

前回の記事「不朽の名著『夜と霧』が問う「生きることの意味」」でコペルニクス的転回の説明をしましたが、ここでもう一度『夜と霧』に議論を戻します。

フランクルはこの本の中で、こうも言っています。

「生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。考えこんだり言辞を弄することによってではなく、ひとえに行動によって、適切な態度によって、正しい答えは出される。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を充たす義務を引き受けることにほかならない。
 この要請と存在することの意味は、人により、また瞬間ごとに変化する。したがって、生きる意味を一般論で語ることはできないし、この意味への問いに一般論で答えることもできない。ここにいう生きることとはけっして漠然としたなにかではなく、つねに具体的ななにかであって、したがって生きることがわたしたちに向けてくる要請も、とことん具体的である。この具体性が、ひとりひとりにたったの一度、他に類を見ない人それぞれの運命をもたらすのだ。だれも、そしてどんな運命も比類ない。どんな状況も二度と繰り返されない。そしてそれぞれの状況ごとに、人間は異なる対応を迫られる。」

ここでフランクルが言っているのは、私たち人間は「生きる」という問いの前に立たされた存在であり、それに対してどう答えるかが私たちに課された責務なのだということです。

「人生」というのは自分の外にある何かふわふわした地に足のつかない抽象的なものではなく、つねに特定の個人とひもづけられた具体的で一回限りのものなのだということです。

私はフランクルのこの言葉から、「一期一会」という茶道の言葉を思い起こします。

これは広く知られているように、「茶会に臨む際には、そこでの出会いは二度と繰り返されることのない、一生に一度のものであると心得て、主客ともに互いに誠意を尽くす」ことを意味しています。そこでの本質は、二度と繰り返されない、一回限りの具体性ということです。

そして、生きることがわたしたちに向けてくる具体的な問いに対して実際にどう応えるのか、その小さな日々の積み重ねがその人の「人生」になっていくのです。

その人生の積み重ねこそが、ほかでもない「あなた」そのものなのです。

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